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 スウェーデンでは、公立の基礎学校(日本の小中学校に相当)や特別支援学校に通う子供たちに、無料の学校送迎が提供される。基本的には、学校への距離をもとに路線バスなどの定期券が支給されるが、スクールバスが通らない地域や、通学路に危険な道路がある場合、子供の障害などに応じて、スクールタクシーが配送されることもある。

タクシー通学、アプリで管理

 まずはタクシー通学の様子を見てみよう。

 真冬の数カ月、ウプサラ市の朝7時半は真っ暗だ。ピックアップの予定時刻より15分ほど前になると、アプリ上の地図でスクールタクシーがどこを走っているかが表示される。そろそろ到着というところで家の外に出て待つと、暗闇を明るいヘッドライトが照らす。アプリの地図はかなり正確だ。

 子供が乗り込み、シートベルトを締めると、タクシーは学校に向けて出発する。小さい子供だと、保護者が手伝ったり、運転手がサポートしたりする。子供の年齢に応じたチャイルドシートも用意されている。相乗りのため、近所を回って別の子供を乗せることもある。

 出発すると、アプリには「お迎え済み」と表示され、タクシーが学校に向かっていることが確認できる。学校の入り口や駐車場で子供たちを降ろし、送迎完了だ。無事に子供を送り届けるとアプリには「送迎完了」と表示される。

 授業後すぐに帰宅する場合は、帰りもタクシーを利用できる。しかし、放課後の学童保育を利用する場合はタクシーを利用できないため、忘れずにキャンセルしなければならない。これもアプリ上でできるが、キャンセルし忘れるとペナルティーが課せられる場合もある。ウプサラ市の場合は、3回キャンセルし忘れるとスクールタクシーの権利が差し止められる。その場合、再度申請し直さなければならない。

普通のタクシーが屋根に「子供マーク」を付けて走行する(筆者撮影)
普通のタクシーが屋根に「子供マーク」を付けて走行する(筆者撮影)

 スクールタクシーは、タクシー会社が市の委託を受けて運行している。学校送迎専用というわけではなく、普通のタクシーが屋根の上に子供マークを掲げて走行する。タクシー会社による独自のドライバー教育だけでなく、ウプサラ市もスクールタクシー・ドライバー認定研修を行い、スクールタクシーに関する条件の詳細や、子供への対応や安全に関する講習を行っているという。さらに、市は定期的な自動車の検査も実施する。

対象者は少数、申請が却下されることも

 スウェーデンにおける学校送迎の歴史は長く、1920年代に小さな学校を統廃合しようとした頃に議論が始まった。基本的には公立学校に通う子供が対象だが、私立学校を選択した場合も、自治体に経済的・組織的な困難が生じない場合は、無料の学校送迎を提供しなければならない。この点はしばしば争点となり、自治体の財政状況により私立学校の送迎が突然廃止されるなどの事態も見られる(詳しくは、本連載第15回「極夜の国の登下校」を参照)。 

 学校送迎は学校法で定められているが、対象者や具体的な手段を決めるのは自治体である。例えば、ウプサラ市では、自宅から学校までの距離が基礎学校3年生までは2㌔以上、4年生以上は4㌔以上あると、学期の初めにバスカードが郵送される。しかし、距離にかかわらず冒頭に記したような理由があればスクールタクシーを申請することが可能だ。

 今年度、ウプサラ市では650人ほどの生徒がスクールタクシーを利用している。市内には基礎学校・高校の生徒が約3万7000人いるので、2%弱の割合だ。利用者のうち、半数程度が特別支援学校の生徒だ。

 重度の障害がある子供たちが通う特別支援学校では、ほとんどの子供がスクールタクシーを利用しているという。一方で、スクールタクシーを申請したが却下された事例も報道されている。

 例えば、ティーエルプ市のある母親は、スクールバスは1時間15分もかかり娘がしばしば車酔いをするという理由で、より短時間のタクシーを利用させてほしいと申請したが、市はコストがかかり過ぎるとして却下した。母親は訴えを起こしたが、行政裁判所は「学校送迎の権利は認めるが、通常のバスの提供で十分である。医療的な根拠が不足している」として、これを却下した。

 また、ある男子高校生の事例では、学期の途中でスクールタクシーの権利が取り下げられ、公共交通機関の利用に変更された。父親は、息子はもともと学校生活や環境になじむことが困難な心身状態で、公共交通機関を使うことが難しく、タクシーが利用できなくなったことで不登校になったと訴えた。この事例でも、行政裁判所は「特定の交通手段に代替させる理由はない」として、これを却下した。

 ウプサラ市の状況を見ても、タクシー会社との契約やドライバー講習、定期的な検査、また相乗りであっても1台当たりの乗車人数が少ないことを鑑みると、スクールタクシーの提供は自治体にとって大きなコストになるだろう。一部の生徒にとっては必要不可欠だが、どこまでも対象を広げるわけにはいかない。

 無料の学校送迎の中でも個々の状況に応じる究極の形としてのスクールタクシーは、学習権保障と提供コスト、自治体判断と児童生徒・保護者ニーズのせめぎ合いの中で運用されている。

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