日本人がイメージする「中国の教育」というと、「科挙のお国柄」であることから、詰め込み教育を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。確かにその通りだが、学習以外の点で、中国の小学生がどのような生活を送り、日本人とはどんな点が異なるのか、具体的に知る機会は少ないだろう。本稿ではそうした点に加え、保護者の関わり方についても紹介したい。
ここ数年、中国では抖音(ドウイン=日本のTikTok)という動画アプリがはやっているが、そこで常に人気のあるコンテンツの一つが、日本の小学生の日常生活をそのまま映し出したものだ。
まず、朝の登校風景。ランドセルを背負って、子どもが1人、もしくは数人で集団登校する姿だ。次に昼食時の給食当番。白衣や白い帽子をかぶった子どもたちがお皿に給食を盛り付ける姿。そして、掃除当番だ。
いずれも「学習以外」の学校生活だが、これらを見た中国の保護者からは驚愕(きょうがく)と羨望の声が上がる。なぜなら、日本では当たり前でも、中国人からすると、いずれも実現することが非常に難しいことだからだ。
中国は広大なため、地域や都市によって状況は異なるが、多くの場合、小学生が1人で登校することは珍しい。誘拐が多く、1人で通学することは危険が伴うからだ。北京市や上海市などの大都市では、両親または祖父母、あるいはお手伝いさんなどが送り迎えをするのが一般的だ。
高学年になれば1人で登校することもあるが、低学年であれば、誰かが付き添う。電車やバスに乗って行くこともあれば、自動車で送ることもある。朝夕の登下校時、小学校前の道路には、多数の自動車が縦列駐車していて、逆にそれを見たこちらの方が驚かされる。ちなみに、それらは私立の名門校などではなく公立だ。
カバンは日本のようなランドセルではなく、リュックサックや手提げカバン。指定は特にない。それを持っているのは本人ではなく保護者だ。子どもは手ぶらで、保護者が重いカバンを持ち、校門まで見送るのが中国では一般的だ。
数年前、北京市にある日本人学校の職員をしていた知人から聞いた話によると、同校には日本人の両親を持つ子ども以外に、日本人と中国人の両親を持つ子どもがいるが、後者の場合、校門前ですぐに分かるという。それは、保護者が必ずカバンを持ってあげているからだ。
日本人学校に限らないが、中国の保護者が子どものカバンを持ってあげる理由は「子どもはいつも勉強のプレッシャーがあり、疲れていてかわいそうだから」だ。そのため、動画で日本人の子どもが1人でランドセルを背負って通学する姿に驚いたり、感動したり、不思議に思ったりする。
日本では、子どもが成長するにつれ、何でも自分でできるようになることが当たり前だし、そのように教育するが、中国では勉強以外、何でも保護者がやってあげることが当たり前だ。そうした考え方からか、勉強している小学生の子どもに、保護者が料理を口に運んであげている姿をレストランなどで目にすることもある。
中国のSNSなどでは「過保護だ」という批判があるが、逆に保護者を「教育熱心だ」と褒める人もいる。勉強以外、何でも保護者が手伝ってあげなくちゃ、という考えが根底にあるからだ。
日本の給食当番や掃除当番についても、中国人の目には新鮮に映る。中国にはそれらが存在しないからだ。中国の小学校の昼食は、都市部の場合は、食堂に行って食べることが多い。日本の社員食堂のように、複数のおかずのレーンに並び、好きな料理を2~3種類とスープ、ご飯をもらって食べる形式だ。教室に持ち帰って食べることもある=写真1。
私立校の中には、昼食時間になると温かいお弁当が配布されるところもある。いずれにしても、自分たちで昼食の配膳をすることは、中国では「教育の一環」とは受け止められていない。掃除当番も同様だ。
登校時だけでなく、下校時も校門前には保護者がずらりと並んで、子どもの帰りを待つ=写真2。私自身も北京市にある小学校の下校時間(午後3時過ぎ)に合わせ、校門前に行ったことがあるが、そこには規制のため、赤いロープが張り巡らされていた。
保護者はそのロープの外側で待ち、子どもの姿が見えたら駆け寄って一緒に帰る。もしくは、そのまま学習塾や習い事に直行する。保護者が連れていくこともあれば、塾のアルバイトが迎えにきていることもあり、私が見たときには、4~5人を一緒に塾の送迎用の車に乗せていた。
コロナ禍の2021年に「共同富裕」(ともに豊かになるという政府のスローガン。格差是正を目指すのが目的)を掲げた中国では、その一環として双減政策(宿題を減らすことと学外教育=学習塾を減らすこと)を発表。中学生以下の学習塾は禁止となった。
そのため、現在、下校時に学習塾に連れていくという風景は見られなくなったが、下校の際に保護者が校門まで出迎えることは続いている。
このように、保護者が送迎すること以外に、中国では小学生の宿題のチェックをすることも保護者の役割とされている。双減政策により小学1~2年生は筆記の宿題はなし、3~6年生の宿題は1日60分以内、中学生は1日90分以内にできる範囲と規定され、保護者の負担は大幅に減ったが、それでも、宿題には保護者が付き添い、終わるまで見届けなければならない。
双減政策が発表される前、都市部の重点小学校(政府が多くの資金を投入している有名校)の中学年~高学年では、子どもが宿題を全部やり切るのは夜11時~12時になることもざらで、宿題が終わったら、保護者は、保護者と教師で構成するクラスのSNSグループに「陳〇〇(名前)、午後10時51分、宿題が終了しました」と報告しなければならない学校もあると聞いた。
中国では微信(ウィーチャット)というSNSアプリをLINEのように使うことが多く、そのグループ内で保護者と教師は頻繁にやりとりする。成績についても、教師がそこで発表し、他の子どもの成績の差がはっきり分かってしまうため、保護者は必死だ。
グループ内での連絡や議論があまりにも多いため、母親の中には「子どもの教育のために仕事を辞めざるを得ない」という人もいるほどだ。中国では共働きが一般的で、日本以上に働く母親が多いが、近年、教育の過熱と経済力の向上により、専業主婦になる女性が増えている。
このように、中国の小学生の生活は、日本とはかなりかけ離れている。保護者が手取り足取り世話を焼かなければならないことが非常に多いため、日本の子どもたちの自立した学校生活を見ると、彼らはとても驚くのだ。
【プロフィール】
中島恵(なかじま・けい) ジャーナリスト。北京大学、香港中文大学に留学。主に中国や東アジアの社会事情、ビジネス事情などを取材。主な著書に『中国人エリートは日本人をこう見る』『日本の中国人社会』『なぜ中国人は財布を持たないのか』『いま中国人は中国をこう見る』(以上、日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか?』(プレジデント社)、『中国人のお金の使い道』(PHP研究所)などがある。