中学校の部活動の地域移行の開始となる新年度まで、あとわずかになった。おおむね3年間という移行期間があるものの、各地では移行に向けた指導者や活動場所など、さまざまな課題を前に試行錯誤が続いている。部活動というと運動部に関心が集まりがちだが、文化部についても同様に地域移行される。中でも大所帯である吹奏楽部、合唱部については団体競技の運動部と同様の指導者と場所の確保といった問題がハードルとしてある。いま、新年度からの地域移行を前に両部の状況はどうなのか。全日本吹奏楽連盟と全日本合唱連盟の責任者に、移行に向けた思いと課題を聞いた。
「まずは地域バンドにも門戸を開くために、吹連主催のコンクールの参加資格を見直しました」
こう話すのは全日本吹奏楽連盟の石津谷治法理事長。いまも千葉県習志野市の市立習志野高校吹奏楽部でタクトを振っているベテラン指導者だ。地域移行にあたってはコンクールへの参加が学校単位から地域の運営主体となることが見込まれることから、部活動の地域移行に向けた昨年の有識者会議での検討時から参加資格の見直しが全国規模の団体に文化庁から要望されていた。
これまでの吹連の規定では、連盟への加盟登録は学校単位とされており、中学生の地域バンドは中学校の部ではなく、大人と同じ一般の部という扱いであったため、中学生同士で競う全国大会へは出場できなかった。また、中学校の部において複数の学校で構成される合同バンドは、中学校の部には参加できるが全国大会への出場は認められていなかった。そのため昨年11月の吹連理事会において、加盟登録の規定改定を行い、地域バンドが中学校の部に出場できるようにした。そして地域バンドや合同バンドが全国大会に出場できるよう現在、規約を整備し、2024年度からの実施に向け取り組んでいる。
「子供たちに文化活動を通じて夢や希望を育んでもらうのが私たちの仕事。地域移行してもその思いは変わらない」と、文化庁の「文化部活動の地域移行に関する検討会議」のメンバーの1人でもあった石津谷氏はこう話す。今回の地域移行については、「これからの3年間が改革の『集中』期間から『推進』期間になったのは、少しほっとしたが地域移行していくことには変わりない。今問題点を一つずつ整理しているところだ」。
その大きな問題点として挙げるのが地方の小規模校への対応。「都会と何が違うかと言えば、やはり周りにいる指導者の数になる。ここが一番の問題点。都市部であれば土日にOBや外部指導者に指導に来てもらうことができるが、地方ではそのような人材が簡単に見つからない」。石津谷氏によると、吹連主催の大会に出場する中学校は全国で約7000校あるという。つまり厳密に地域移行すると、休日に部活動を見てもらう指導者が最低7000人は必要になるということだ。地域移行の提言やガイドラインでは教員の兼職兼業を認めることになっているが、今のまま教員に頼らざるを得ない地域が多くなるだろうと石津谷氏は見ている。
それとやはりお金の問題も大きいという。吹奏楽では楽器によっては数万円から数十万円するものまである。「これまでは学校の備品という扱いだったので、傷んだりすると時期が来れば買い替えるということもできた。もし地域バンドでということになると、それがどうなるのか。行政からどのような支援が受けられるのか。活動を継続していく上で不安が残る」。
さらに場所の問題もある。「ガイドラインでは地域の公共施設を利用と言うが、すでに休日は地元の団体の活動などで埋まっているところが多い。そこに割り込んでいくのは、かなり難しいのではないか。となると、やはり学校でということになる」とし、地域移行後も練習拠点は学校のままになる可能性が高いことを指摘する。
「ただし」と前置きして石津谷氏は続ける。「誤解してほしくないのは、現段階では地域移行に向けてのハードルも多々あるが、教員の働き方改革を進めるというのは大賛成だ。部活動をやりたくない教員まで無理やり指導者に、というわけにはいかない。考えてほしいのは教員が忙しいのは部活動だけではないということ。同時に校務の見直しも進めていくことも大事だ。指導に意欲を燃やす教員が気持ちよく働ける環境作りは必要となる」。
とはいえ人がいないからといって手をこまねいているわけにはいかない。そこで石津谷氏が考えているのが大学のサークルなどへのアプローチだという。「コロナ禍で大学のサークル活動は壊滅的な影響を受けた。まさかこれほど長く続くとは思わなかった。このままでは学生が音楽に親しむ機会がなくなってしまうと同時に、卒業後に教員になって指導者になりたい人材が減るということにもつながる」と指摘する。石津谷氏は大学を回り、教員としてのやりがいや、部活動の楽しさなどを伝えている。さらに新たな取り組みとして音楽関係の団体が集まって、指導者の資格保証の検討に乗り出しているという。「運動部でいえば日本スポーツ協会の指導者認定のような制度ができないか検討を始めたところです。文化庁に音頭をとってほしいのですが…」。
そして石津谷氏は部活動の意義をこう話す。「私たちは生徒たちに部活動を通してスポーツ・文化活動の素晴らしさを伝えていかなくてはならないと思っている。学校には勉強を教えると同時に部活動を通じて、お互いを思いやる心や協調性を育くむ指導をしていく役割があると思う。地域移行を通じて学校での部活動の価値をもう一度見直す機会にもなれば」。
一方の全日本合唱連盟。「地域移行となると指導者の技術も大事だが、保護者の皆さんが安心して子供を預けられるというポイントも重要になってくる。都市部以外にそういった人材がいるかどうか…」と話すのは、同連盟の菅野正美副理事長。吹連同様、地方での指導者探しを課題として挙げる。「そのような条件にかなう人材と言えば、地方ではやはり教員が最もふさわしいと思う。地域移行による指導者不足を解消するには、先生方の兼職兼業に頼らざるを得ない」と、これもまた吹連同様の予想だ。
そして重要な問題として指導者への手当の問題を挙げる。「外部から指導者を招くにしても現状の教員に対する部活動手当をもとに考えると、キャリアやそれまでの実績などが考慮されることはないだろう。行政が規約に沿って一律に処理することなので仕方のない部分もあるが、礼を失することになりはしないか案じている」。ただし人材の提供にしろ、連盟として指導者の人材バンクのような組織を作って前面に出ていくことには否定的だ。「現場はあくまでも学校であり、一義的には教委や学校が考えるべきことだ。さらに全国各地で事情が異なるため、一律に私たちが対応することは難しいと考える。私たちは要請を受け、指導者を探して紹介する程度しかできないのではないか」。
また吹連の石津谷氏と同じように練習場所にも言及する。「文化庁は多分、公民館のような社会施設を想定しているように思うが、現在すでに地域のさまざまな文化団体が活動している。そこに中学生を割り込ませるのは難しいのではないか。そうなると現実的には、空いている学校の施設を使わざるを得ず、結局は元の場所に戻ってくることになる」。土日に地域移行したとしても、いつも指導している教員が兼職兼業でそこにいて、これまでと同様に校内で活動するという、見た目には変わらない景色となるだろうと菅野氏は指摘する。これも石津谷氏と同様の見解だ。
菅野氏が懸念していることに、少子化による部員の減少がある。コンクールに出場する場合、一つの学校で参加規定の下限人数8人を満たせないというケースが、年々増加している傾向があるという。しかし、今回の地域移行にあたっては出場資格を定めた従来の規定を改訂しないという。「全日本合唱コンクールの参加規定では合同合唱団は3校以内とし、1校は人数の制限がなく、残りの2校は下限人数未満という編成での参加を認めている。地域移行後もこの規定を使って参加していただきたい」。というのも、これまでのコンクールにおける学校参加の歴史を尊重すると同時に、不透明な団体の参加を懸念しているからだという。「ただ実際に地域移行が進み、平日にも学校を越えて地域クラブ活動が広がっていった場合には、この規定を見直すこともある」と将来的な改訂の可能性も示唆した。
そして何よりも菅野氏が心配しているのは指導の継続という視点。「合唱というのはそれぞれの学校で先生の指導方針があり、一律の指導過程があるわけではない。声作りにしても取り組む作品やその様式によって、さまざまな方向性が生まれる。土日に違う指導者に見てもらうことで生徒たちが困惑してしまうことにならないか。こういったことはきっとほかの文化部でも運動部でもあるのでは。それだったら自分がやらねばと、部活動指導教員が無理に休日も出てくるようなことにならないかと思っている。そのようなことも、これから時間をかけてクリアしていく必要がある」。
そして菅野氏はこう思いを口にした。「音楽科の教員の中には自身の合唱活動の経験から、合唱部活動を指導したい、合唱の指揮者になりたいとの思いで大変な採用試験を突破して先生になった人が数多くいる。そういう先生方の思いも大事にしていきたい。もちろん部活動の指導をやりたくない先生に無理強いするなどもっての外だが、意欲をもって指導に当たりたいと思う人にはどんどんその力を発揮してもらうような環境整備が進められて、先生も生徒も気持ちよく無理なく活動できることを願っている」。
運動部、文化部ともに、いよいよ「ブカツ」の新しい扉が開かれる。