【教壇から共生社会を創る】 学校の多様性を担保する

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 先天性の脳性まひで手足と言語に障害のある三戸学教諭だが、ICTや協働的な学びを取り入れながら、生徒たちに学力の定着を図ってきた。今年度は、週に22コマもの授業を受け持ち、校務分掌でも大きな役割を担うなど、職員室の中でも存在感を放っている。一方で全国に目を向ければ、障害を抱えながら働く教員は決して多くはない。こうした状況を三戸教諭自身はどう見ているのか。最終回では、学校教育における障害者雇用とその教育的意義について聞いた。(全3回)

生徒には「自分はありのままでいいんだ」と思ってほしい

掃除の時間が終わり、生徒たちと談笑する三戸教諭
掃除の時間が終わり、生徒たちと談笑する三戸教諭

 「このファイル、後で職員室に持って来てくれる?」

 6時間目の授業後、三戸教諭は一人の生徒にそう伝え、教室を後にした。普段、電動車いすで移動する三戸教諭は、持てる荷物に限りがあるため、そうした頼みごとを生徒にすることも多い。エレベーターがない学校に勤務していた頃は、階段の上り下りを生徒に手伝ってもらうこともあったという。

 放課後、掃除の時間になると、三戸教諭は昇降口へと向かった。すると一人の男子生徒が近づいて来て、冗談交じりに「パンチ!」のポーズを取る。続いて、通り掛かった女子生徒に三戸教諭が、「よ! キャプテン!」と声を掛ける。そうして気さくにコミュニケーションする様子からも、生徒との距離の近さを感じ取ることができる。

 「支える側」と「支えられる側」――、教師・生徒の関係は得てして一方的になりがちだが、三戸教諭はよりフラットな関係を築いているように見える。生徒たちと接する際、どんなことを意識しているのか。

 「私自身、小中高時代の学校生活を通じて『ありのままの自分でいいんだ』と思えるようになりました。だから、生徒たちにも同様に、『ありのままでいいんだ』『自分は誰かの役に立っているんだ』との思いを学校の中で持ってほしいですね。生徒たちがそんな思いを持てるようにすることも、私の役割だと思っています」

職員室に多様性を担保していくべき

学校の同調圧力が、職場の働きづらさにつながっていると指摘する
学校の同調圧力が、職場の働きづらさにつながっていると指摘する

 三戸教諭のように、障害がありながら教師を続けているような人がいる一方で、昨今は早い段階で教職を離れる若手も少なくない。離職の要因について、よく指摘されるのは業務の多忙さだが、三戸教諭はそれだけではないと分析している。

 「最近は心を病んで休職する教員も多いですが、背景には『ありのままでいい』という感覚の欠如があるように思います。多くの職員室に、少なからず同調圧力的なものが働いているように感じるのです」

 昨今は多くの識者が、学校の同調圧力の問題を指摘している。確かに、そうした空気感が教員や児童生徒に息苦しさを感じさせ、学校を居心地の悪い場所にしている可能性はあるかもしれない。では、そうした圧力をどのようにすれば排除できるのか。三戸教諭は「職員室に多様性を担保していくべき」だと言う。

 「私自身、大学時代に同じような障害がある人との関わりを通じ、大きな影響を受けました。人は相互に影響を受け合いながら生きていく存在。均質化された集団で生きてきた人と、多様な人と関わりを持って来た人とでは、視野の広さも違ってくると思います」

 三戸教諭のような教員が増えることは、職員室に多様性を担保する方策の一つとなる。障害者雇用の効果については、文科省も「教育委員会における障害者雇用推進プラン」でうたっている。

 「子どもたちが障害のある教師と関わることで、障害のある人に対する知識が深まること、障害のある児童生徒等にとってのロールモデルとなることを『隠れたカリキュラム』として文科省も明記しています。でも、現状では教員を志望する障害者自体が、多くありません。それは、障害者にとって『働きやすい職場づくり』という点で、学校が民間企業に後れを取っているからです」

 障害者にとって「働きやすい職場」とは、具体的にどのような職場なのか。バリアフリー化された施設、障害に対する周囲の理解・配慮などが思い浮かぶが、三戸教諭は「配慮という名の排除」をしないことの重要性を強調する。

 「私自身、安全面などを理由に、かつては重要な仕事を任せてもらえないようなことがありました。障害者にも可能な限り重要な役割を任せ、周囲との関わりを増やしていこうという発想になれば、学校という職場の風通しも良くなると思います。文科省だって、関わること自体が教育効果だと明言しているわけですからね」

 今年度、三戸教諭は研究主任を務めている。自ら希望したわけではなく、管理職から直々に打診を受けたとのことだ。研究テーマの柱は「主体的・協働的な学び」で、三戸教諭が日々実践している授業とも軌を一にする。長年の積み重ねのたまものと言えるが、そうして大きな役割を任されるケースは全国的に見ても多くはない。「実際に任せてみれば、できることは多いということに気付いてもらえると思う」と三戸教諭は話す。

「障害」はどこに存在するのか

「障害のある教員のことをより多くの人に知ってもらう活動をしていきたい」と今後の目標を語る三戸教諭
「障害のある教員のことをより多くの人に知ってもらう活動をしていきたい」と今後の目標を語る三戸教諭

 20年以上にわたり教壇に立ち、多くの生徒たちと関わり続けてきた三戸教諭は、卒業生から同窓会などに呼ばれることもある。私生活では長年パラスポーツで卓球をしており、全国障害者スポーツ大会に秋田県代表として3回出場している。そうして挑戦し続ける姿も、生徒たちに影響を与えてきたに違いない。

 そんな三戸教諭は、今後の目標を次のように語る。

 「障害のある教員のことをより多くの人に知ってもらう活動をしていきたいですね。ただ存在を知ってもらうだけでなく、どんなふうに働いているのか、どんな効果があるのかも広く共有していきたいと思っています。そうした理解が広がれば、世の中の見方も変わるんじゃないでしょうか」

 最後に、自身が務めてきた「教師」という職業と「障害」との関係について、三戸教諭は次のように語る。

 「障害は人間の中にあるのかもしれないし、教師という職業の中に存在するのかもしれません。あるいは、現状の指導法の中に障害があるのかもしれない。そうしたことを多くの人に考えてもらえればいいなと思います」

【プロフィール】

三戸学(さんのへ・まなぶ) 1976年、秋田県生まれ。先天性の脳性まひ、手足と言語に障害がある。県立秋田南高校を卒業後、山形大学教育学部へ進学。2001年4月から、数学科教諭として秋田県内の中学校に勤務。著書に『僕は結婚できますか?』(無明舎出版)、『マイ・ベクトル-夢をあきらめないで-』(グラフ社)、『ガクちゃん先生の学校通信』(言視舎)がある。

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