待ったなしの状況となっている学校の「働き方改革」。だが、長年続いてきた職場習慣を変えることに抵抗感を示す教員もおり、スムーズに進まない学校や地域もあるとされる。そうした中で注目を集めているのが、データと対話に基づいて課題の改善を図る「サーベイフィードバック」という手法だ。文部科学省が2022年度から取り組んでいる校長研修のモデル事業にも採用された。多様な教員たちの意見の違いを乗り越える解決策となるのか。
サーベイフィードバックは、企業などの組織について質問紙調査(サーベイ)を実施し、そのデータから見える課題について、構成員の対話によって改善を図っていく組織開発の手法だ。データに基づいて議論を進めるため、共通認識を持ちながら建設的に議論を進めやすい点がメリットとされる。
教員の働き方改革を進める上で、この手法に目を付けたのが、横浜市教育委員会だった。各校の校長を中心として、サーベイフィードバックの手法を駆使し、学校ごとに働き方の見直しを進めていくことを決め、実践方法を学べる校長向けの研修を立教大の中原淳教授らと共同で開発。19年度から、新任校長全員を対象とした研修で導入した。22年度からは研修の対象を就任2年目の校長に変更し、継続させている。
研修は3回で1セットとなっている。校長たちは、1回目に教員の働き方を巡る課題やサーベイフィードバック型の組織開発の方法を学んだ後、自校の教職員を対象として、働き方改革に対する意識などを尋ねる質問紙調査を実施する。2回目の研修では、その結果を持ち寄って、自校の特徴や課題を把握し、働き方の改善に向けた職場での対話の進め方などを考える。その後、教職員との対話や働き方の改善を実際に進め、最後の3回目で成果などを発表する。実践を通して、やり方を学んでいくのが特徴だ。
中原教授の研究グループの一員として研修の開発に関わり、現在も研修の講師役を務めている帝京大の町支大祐講師(学校経営学)は「狙いは、それぞれの教員が働き方改革に当事者意識や前向きな気持ちを持ってもらうことだ」と語る。
業務の削減に対する教員の考え方はさまざまだ。多くの教員が働き方改革の必要性を認識していても、対象業務などを絞り込む「各論」の段階になると、意見の違いが表面化することは少なくない。例えば、学校行事の廃止や縮小を議論する場合、それを子どもたちの成長や学級経営の軸に据えて指導をしている教員は抵抗感を抱くことになる。
町支さんによると、教員の働き方改革に困難が伴う背景には、学校組織や教育活動が抱える固有の事情もある。校長の判断で業務の削減を決めたとしても、それぞれの児童生徒の成長を支えるために何をすべきなのかについては、子どもと直接向き合っている各教員の自律性や裁量に委ねざるを得ない部分がどうしても残る。このため、学校全体で方針を決めても、徹底されないケースがあるという。町支さんは「こうした事態を避けるには、対話を通じて教職員集団の全員が意思決定に加わり、決定事項を前向きに受け止めるプロセスが必要となる」と説明する。
町支さんたちが19年度の研修後、受講した校長を対象に実施した調査では、「働き方の改善を自分事と捉える教員が増えた」「職場に働き方の改善に前向きな風土が生まれた」といった質問項目で、肯定的な回答を選ぶ校長が多かった。また、横浜市教委によると、研修の翌年度以降も、研修で学んだ実践を継続する校長も少なくないという。市教委の担当者は「学校全体で取り組んでいくという意識づくりという意味では、一定の成果が出ているのではないか」と手応えを語る。
サーベイフィードバックを用いた研修は全国に広がりつつある。文科省は22年度以降、千葉、宮城、福島、富山、兵庫、京都、徳島、大分、宮崎の9府県と静岡市において、オンラインを活用する形で、横浜市とほぼ同じ内容の研修をモデル事業として実施している。同省教育人材政策課の担当者は「この手法を普及させることを目的としているわけではない」としつつ、「働き方改革やチーム作りの手法として、可能性を持ったものの一つだと考えている」と説明する。
一方、教員の働き方改革の進め方を巡っては、財政当局を中心に「上意下達」を求める声が高まっている。
文科省は、19年1月の中教審答申が示した分類に基づき、①基本的に学校以外が担うべき業務②学校の業務だが、必ずしも教員が担う必要のない業務③教員の業務だが、負担軽減が可能な業務――について、学校外の組織や教員以外のスタッフの手に移していく形で現場の負担軽減を進めている。これに対し、財務相の諮問機関である財政制度等審議会は昨年11月に取りまとめた建議で、「文部科学省・教育委員会・学校がそれぞれトップダウンで実行すべき」と注文を付けた。
ただ、学校現場には、中教審の分類に違和感を抱いている教員も少なくない。東京大の小川正人名誉教授らのグループが21年に実施した調査では、教員の「本業意識」が多様であることが明らかになっている。3分類に位置付けられた各業務を教員以外に任せたいかどうかを尋ねたところ、小学校、中学校ともに約半数の教員が、②に分類されている「児童生徒の休み時間の対応」、③に振り分けられた「学習評価や成績処理」について、「任せたくない」と答えた。中学校では、③に仕分けされた「授業や実験等の準備」を「任せたくない」と考えている教員が約6割に達した。
日本教職員組合(日教組)による昨年7~8月の調査でも、③に分類された業務のうち、「授業や実験等の準備」「学習評価や成績処理」については、教員以外の手に委ねていくことについて、3人に1人の教員が「進めなくてもいい」「進めるべきではない」といった消極的な回答を選んでいる。この結果を踏まえ、日教組は「業務移行を進めるだけでよいとは考えない教員が一定数いることに留意する必要がある」としている。
働き方改革にトップダウンで取り組むべきか、それとも合意を重視した方がいいのか。町支さんは「教員が教育的意義の大きい業務に集中するためには、業務の削減をある程度、組織的に進めていくことは必要だ」としつつも、「それぞれの教員の納得感を醸成しながら進めなければ、結局はうまくいかないのではないか」と指摘する。その上で、「単なる業務の削減で終わるのではなく、教育的価値の維持・充実という観点も欠かせない。働き方改革を進めることで、教員たちが『大切なことに時間をかけて成果を出すことができる』と実感し、自身や職場の変化を楽しめるようになるのが理想的だ」と話す。