教師の大学院レベルの学び、なぜ必要か 文科省課長に聞く

教師の大学院レベルの学び、なぜ必要か 文科省課長に聞く
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 文部科学省で教員政策を担当する後藤教至・総合教育政策局教育人材政策課長は、教員養成系大学・大学院の関係者が集まったシンポジウムの席上、学校現場の教育課題が高度化・多様化する状況に対応するため、教師の学びを大学院レベルに引き上げることについて「本気で今必要なことだと考えている」と発言、また、現在の教師を取り巻く状況を踏まえて必要な法改正を検討する可能性にも言及して注目された。なぜいま教師に大学院レベルの学びが必要なのか、また教師不足が深刻になっている現状で教職の高度化を図ることが現実にできるのか、後藤課長に発言の狙いや課題認識を聞いた。

すぐに教師集団の質が問われる時機が来る

――先日のシンポジウムで教員の修士化の議論に関連して、大学院レベルの学びを「本気で今必要」と発言した狙いを説明してください。

 教師を巡っては、依然厳しい状況が続いている教師不足の状況やその勤務実態、処遇ばかりが注目され、社会的関心を集めています。その一方、教師の質が話題になることが少ない。私はこの状況に危うさを感じています。教師の量と質はいずれも重要な課題です。

 教職の魅力向上、教師不足の解消に向けて、まずは働き方改革や処遇改善、学校の運営・指導体制の整備などに一体的に取り組むことが必要です。これは総力をあげて成し遂げなければならない。しかし、その先にすぐ、それで出来上がった教師集団の質が問われる時機が来ます。特に大量退職に伴って大量採用された若年層が多くなった教師集団が、高度化する教育課題、学習指導要領が目指す新しい学びへの転換に対応できているか。世界最高水準の学校教育を維持・向上していくためには、その視点を見失ってはいけないはずです。

 採用後の研修でこれらの課題に対応するにも限界があり、養成段階から再考が必要ですが、議論をして制度やプログラムを変えて、実際に人材輩出するまでには時間がかかります。教師全員が大学院に行かなければならないということではありませんが、今の時点から量的確保の取り組みと並行して、教師の学びの高度化を議論していかなければならないのではないか。実際の教育課題はもう存在しています。そういう考えで、先日の教員養成系大学・大学院の関係者が集まったシンポジウムでは、こうした議論を喚起する意図であえて踏み込んで、教師人材の裾野を広げる観点も含めて、必要な見直しもあり得るという趣旨の発言もしました。

これまでの授業からの転換が必要

――教職の高度化に向けて、教師一人一人にどのような能力が必要になりますか。

 教師がどういう能力を備えていなければいけないのか。これを考えるためには、そもそも学校でどういう教育活動や児童生徒対応が必要なのかが出発点になります。

 学校現場の教育課題は本当に高度化・多様化しています。教育指導の面においては、1人1台端末が入ってきたインパクトが大きい。これは教育の質を上げるために素晴らしい環境の進化ですが、勝手に教育が良くなるわけではありません。教える立場の教師がいわゆるGIGA環境を活用して教育の質を上げていかなければなりません。

 具体的に言うと、黒板の前に立ち、児童生徒に対して一方向で上手な説明をすることで子供たちの知識・技能の習得を助けていくこれまでのスタイルからの転換が必要です。子供たちが学校を出たときにどういう能力を持っていないと社会の中で活躍していけないかという視点で考えたとき、これまでのスタイルの授業で子供たちが身に付けた知識・技能は生成AIなどの新しい技術に代替されていく部分が大きくなってくるかもしれません。

 これからは課題を見いだしたり、発見した課題を探究したり、自分だけではなくて仲間が持っている知識や技能をうまく結集したりする形で解決策を生み出していくことが必要になってくる。そういう力を身に付けさせるための教育に変えていく必要があります。そのために学校教育は、自分たちの把握した課題に対して、仲間たちと議論しながら知恵を集めて解決策を見いだしていくという体験を子供たちにさせなければなりません。このことが、今後も公教育において学校という場が重要であることの本質的な理由にもつながると思います。

 そういう意味で考えると、教師がやらないといけない授業のスタイルは大きく変わってくる。そこに1人1台端末が教育環境の進化をもたらしていると捉えています。

解決策を見いだす体験をサポートすることが教員の役割

――授業スタイルを転換する中で、教員の役割をどう考えていますか。

 各教科の学びでは、最終的には学習指導要領に定める内容の知識や能力を子供に身に付けてもらわなければなりません。その点は、これからも変わりません。けれども、その能力を習得するプロセスとして、子供たちが自ら学び取る活動を教師がしっかり提供しながら育てていく形に変わっていくと思います。口で言うのは簡単ですが、これは高度なことです。

 つまり、子供たちにベースとなる知識・技能を、個別最適にきちんと習得させることから始まって、それをベースに仲間たちと一緒にいろいろな考えや知識を集めて議論し、新しい解決策を構成していく。そうした協働作業を通じて新しい解決策を見いだしていく体験をサポートすることが教師の役割です。それができる形に授業の仕方を転換しなければならない、ということになります。

 それぞれの教科の学習指導要領が目標とする獲得すべき知識技能を着実に学力として身に付けさせていくためには、教師は自分の板書や説明の仕方がうまければいい、という問題でなくなってきます。例えば、子供がこういう問い掛けをしたら、どういう反応をするだろうから、次の問いとしてこういうのを用意する。そうしたら子供たちがこういうふうに動く。それを1人の子供だけではなくて、集団とかグループで考えていく。教師はあらかじめ子供たちの反応や行動、出すであろう答えを予測しながら、授業を組み立てていくことになります。

――最新のPISA調査で分かるように、日本の教員たちはこれまで子供たちを世界トップレベルの学力に導いてきました。

 今まで教師がやってきた授業は、わが国の子供たちの学力の基本的な高さを保障してきた素晴らしいものだと思います。そうであっても、社会が大きく変化していく中で、子供たちが社会に出て活躍できる能力を育むためには、学びを転換していかなければなりません。日本の学校教育は引き続き世界トップだと言うためには、教師一人一人に1人1台端末という効果的なツールと環境も使って、自分たちの授業を転換していってもらわなければならないと考えています。

 これは自分がこれまでやってきた授業を振り返って省察してもらい、もう1回再構築していくという営みになります。そのためには、自分の教育活動を研究者の目線で分析し直してもらう必要があり、私が思うには、そこには理論が不可欠です。今まで培ってきた学校現場での実践と、新しい授業に転換していく理論を掛け合わせて、新しい学びへの転換を成し遂げなければいけない。そこでポイントになってくるのは大学院レベルでの学びであり、その機会を充実させていくことが重要なのではないかと思っています。

 大学院レベルの学びが重要になるのは、特別支援教育や外国人児童生徒への対応、あるいは不登校の問題など、学校が抱える教育課題の多様化に対応するためでもあります。不登校の問題と言っても、その中で多様化が非常に進んでいる。特別支援教育や外国人児童生徒への対応もそうです。

 こうした個々の問題に学校現場の教師が対応していくためには、実践の延長だけではなく、理論と実践を往還させながら、新しい手だてを教員自身が探究的に学んでいく力を付けていく必要があります。この点、教職員支援機構において、現職教師が探究的な学びの力を付けるための新しい研修の開発・実施に取り組んでいますが、併せて、教職が高度化する中で、大学院レベルまで学ぶ教師を増やしていくことが重要だと思います。

将来的に教職大学院の規模は拡大していかなければならない

――現実にどうすれば、教員の学びを大学院レベルにいざなうことができますか。

 そうした環境を作っていくための取り組みは既に始まっています。文科省としても、昨年、学部・教職大学院を5年一貫で学べる制度改正を行いました。今、中教審で奨学金の返還免除を議論していますが、教師を目指す人が大学院のレベルでの学びに進んでいくことを促進する方向で考えるべきだという意見も出ています。

 その前提として考えていくべきこととして、まず、教職大学院の現状があります。教職大学院は全国に54ありますが、合計した定員は2500人あまりで、それも未充足になっています。これに対して、時間的・経済的コストの面で大学院レベルの学びに向かうインセンティブを付けることが必要と思っています。文科省としても取り組み始めていますが、教師の任命権者である教育委員会にも同じ問題意識を持ってほしい。特に現職教員の教職大学院への派遣は、基本的には各教育委員会で担う部分が大きいと思います。

 もうひとつは、そもそも教職大学院は現在の規模では足りなくなるのではないか、ということです。教職の高度化に併せて、教師を目指す人や現職教師の学びも高度化していかなければいけない。そのために必要な政策を動員していかなければならない。定員が未充足な現状が出発点ではありますが、将来的には教職大学院の規模は拡大の方向で考える必要が出てくるのではないかと思っています。

――いまは教員不足の状況ですが、少子化の影響で将来は必要な教員数が減っていくとの見方もあります。その中で教職大学院の拡充はできますか。

 少子化のために学齢期の子供はどんどん減っていきます。文科省として必要な教職員定数の改善はこれからも行われていくと思いますが、教員養成を行う学部段階の規模は、少子化を踏まえて縮小すべきという議論があるかもしれません。そうだとしても、教職に求められる内容が非常に高度化してきていることを考えれば、教職大学院については、学部段階の縮小論につられてはいけないと考えます。むしろ教職大学院の規模は今より拡充していかないと、学校現場が抱えている教育課題の高度化・多様化に対応できないと思っています。

大量採用された20代30代の教員に学び直しの機会を


――教員の大量退職とそれを補うための大量採用が続いてきた結果、学校現場を取材すると「若手教員の育成が課題」という声をよく聞きます。

 教員採用試験の倍率が非常に下がってきている状況がありますが、教師の年齢構成をみると、元々、採用者数の波が非常に大きい。小中高と特別支援学校を合わせた全体で採用者数は2000年ごろには1万1000人ぐらいだったのに、最近は3万5000人を超えるまで膨らんでいます。採用倍率は、この採用者数の波に大きく左右されている状況です。これから就職氷河期世代が50代になり、退職者は急減します。そうすると、採用者数は減っていくので、採用倍率は再び反転する。このため、教育委員会の中にも、やがて採用倍率は上がるから教師不足の状況がこのまま続くわけではないと安心している関係者が若干います。

 けれども、教師の問題は、教師不足に対して量の確保さえできればいいという単純なことではありません。授業を転換して新しい教育を実現していかなければならないのですから、採用段階から質の高い教師を採用していかなければいけない。けれども、現実の採用環境は、大量に採用しなければいけない状況を背景に、採用倍率が下がっている。採用倍率が13倍だった時と比べたら、昔だったら合格しなかった人もいまは合格していることになる。その影響はじわじわきているのだと思います。

公立学校教員の年齢構成
公立学校教員の年齢構成

 教師の年齢構成を見ると、大量採用が続いたため、20代30代が膨らんできています。ここの若年層の教師たちに、新しい教育への転換の担い手になってもらわなければいけません。若手にも力のある教師はいますが、能力をもう1回しっかり磨き上げる機会をつくっていくことが大切で、任命権のある各教育委員会にもこの問題意識をぜひ共有してもらいたい。ここでも教職大学院の役割は再認識されないといけないと思います。

――大学院レベルの学びが必要という中で、逆に足元では、大学院を出て教員になる人が減少しています。

 大学院まで学んでから教師になる人がどんどん減っています。大学院卒で入職してくる教師の比率は、2023年度には高校でも17.1%で、12年度に比べて7ポイントも落ちています。12年度の24.2%でも高くないのに、さらに減少しています。この背景に採用倍率の低下があるのは間違いない。構造的に仕方ないことかもしれませんが、教育課題の高度化・多様化の状況を考えると、必ずしも望ましい状況とは言えません。

 とはいえ、そのことは受け止めて、次に何をするかを考えなければいけません。教師の量的確保の取り組みを進めるとともに、中期的には、特に若年層の教師たちが、研修による能力の高度化と併せて、改めて大学院レベルの学びにも触れる機会を充実させていく方向で、文科省としても、都道府県の教育委員会と連携して取り組んでいかなければいけない。それは非常に大事だと思います。

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