「子どもの落ち着きが違う」 東京・足立区、UDで見えた変化

「子どもの落ち着きが違う」 東京・足立区、UDで見えた変化
授業のめあてを明確にし、見通しを持ちやすくする=撮影:秦さわみ
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 発達障害のある子ども、不登校傾向の子ども、家庭環境に困難を抱える子ども、外国にルーツのある子ども――。多様な子どもたちへの対応は、学校現場の大きな課題になっている。こうした子どもたちへの支援に取り組んできた東京都足立区の学校現場では、学校教育のユニバーサルデザイン(UD)の実践が浸透しつつある。教員たちは「子どもたちの落ち着きがかなり違う」「先生が代わっても混乱がない」といった変化を実感しているという。

多様化する教育ニーズ、学校全体でUDを推進


 2022年4月に改築された足立区立綾瀬小学校(小坂裕紀統括校長、児童約850人)。教室を見て歩くと、各教室のレイアウトがほぼ同じであることに気付く。黒板の周りに掲示物はほとんどなく、棚の何段目にどの備品を置くかも、各教室で同じようになっている。時計や掲示物、子どもたちの作品などは、教室の後方に集められている。

 6年生の授業をのぞいてみた。授業のめあては黄色の枠で囲み、ゴールを明確にするとともに、子どもたちが見通しを持てるようにしている。横に長い黒板は、マグネットテープで3分割されている。子どもたちが縦長のノートに書き写しやすくする工夫だ。一部の子どもたちにとって見づらい赤色のチョークは使用せず、目立たせたい部分は黄色で書く。同校ではこうした基本的な「型」を意識して、多くの授業が行われている。

 教員は窮屈に感じないのだろうか。同校の教員たちに尋ねると、聞こえてきたのはむしろ歓迎の声だった。「一番のメリットは、先生が代わっても子どもたちが混乱しないこと。新年度や(3年生から導入している)教科担任でも、授業にスムーズに入っていける」「教室の前方に物を置かないようにすると、子どもたちの落ち着きがかなり違う。視野に入るものが少なくなり、集中力が上がっていることが実感できる」「取り組む内容とめあてが明確になることで、子どもたちはそれを意識しながら、安心して授業に参加できる」――。

 同校の小坂校長は「小学校では学級担任と子どもの関わりが強くなりがちだが、近年は子どもや保護者の教育のニーズが多様化しており、学級担任だけで全てを抱えるのは難しい。それならば学校全体で、誰もが安心できるUDの方針を決め、その上で先生たちの得意を生かしていくというのが、今あるべき姿なのだろうと思う。本校のような大規模校ではなおさら、UDの考え方が重要だと感じる」と話す。

 教室環境だけでなく、授業についても「見通しを明確に」「視覚的に示す」「あいまいな指示は行わない」などの方針を教員に伝えている。「教員は授業の見通しを当然、持っているが、それが子どもと共有されていない場面がこれまで多かったように思う。おそらく一番苦しかったのは子どもたちで、騒ぎたくなんかないのに騒がずにはいられない、それ以外の対処法が分からないというのが本音だったのではないか」と小坂校長は話す。

これまで取り組んできたことを改めて意識する


 足立区内の小中学校では、これまでも学校教育の「3つのUD」に取り組んできたが、昨年度から綾瀬小など5校のモデル校を指定し、集中的に推進。来年度からはモデル校での実践を踏まえ、全校で力を入れていく予定だ。「多様な子どもたち、特に発達に課題のある子どもたちの指導に、課題を感じている教員は多い」と、同区教委の谷本典大統括指導主事。そのため「まずは、子どもを取り巻く環境を整えることから進めていきたい」という。

 「3つのUD」のうち一つは、全ての子どもたちにとって分かりやすい「授業のUD」。ねらいや活動を精選するなどの「焦点化」、重要なポイントを板書や掲示、ICTツールで示す「視覚化」、子どもたちが互いの考え方を理解できるよう、意見交換などを促す「共有化」が主な柱になっている。

 もともと同区には、教員の指導力向上や基礎学力の定着などを意図した「足立スタンダード」という授業の基本形があり、そこでもめあてを明確にした上で、一人一人が考え、子ども同士で学び合うことが重視されてきた。「授業のUD」はその考え方と一部共通するところがあり、同区の教員にとってはなじみのあるものだという。

 次に「教室環境のUD」。余分な刺激になるものを黒板周辺に置かない、物の置き場所を決めて、整理整頓のルールを見えるように掲示する「場の構造化」、時計やタイマーを使って残り時間を可視化する「時間の構造化」といった工夫が考えられる。子どもの認知特性や、感覚刺激への反応は一人一人異なる。教室環境を整え、より多くの子どもたちが安心して学べる教室を目指す。

道具箱の中の片付け方を視覚的に示す「構造化」の例=撮影:秦さわみ
道具箱の中の片付け方を視覚的に示す「構造化」の例=撮影:秦さわみ

 最後の「人的環境のUD」は、さまざまな特性や個性のある子どもたちが互いを認め合えるよう、関係づくりをサポートし、心地よい学級の雰囲気を作っていく取り組みだ。教員は子どもたちの望ましい行動や得意なところに目を向けるとともに、子どもたちが互いの良さを認める場を意図的に作り出すことで、自己肯定感を育てていく。

 「決して特別なことをしているわけではない。これまでも学校現場で工夫してきたことはたくさんあると思う。それをもう一度、UDの観点から意識してほしい」と谷本統括指導主事。区の研修でUDについて話すと、教員からは「改めて意識できた」「やってみたい」など、理解を示す声が多く聞かれるという。

 「特別な支援が必要な子どもだけでなく、全ての子どもたちにとって居心地の良い学校を作っていくことが、まさにUDの醍醐味(だいごみ)だ」と語る谷本統括指導主事。「個別最適な学びが求められている中、全ての子どもに関わる最低限のラインとしてUDの環境を整え、その上で一人一人に合った支援を考えていければ」と話す。

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