イタリアではフルインクルーシブ体制の教育が行われているが、最重度の障害がある子どもたちも本当に地域の通常学校で学んでいるのだろうか。イタリアでは障害の軽重を問わず誰もが地域の学校で学ぶのが原則である。しかし、結論から述べてしまえば、特例として残されている特別学校(イタリア語でScuola speciale、日本の特別支援学校に相当)で学んでいるケースもある。
筆者の調査では、イタリアに残されている特別学校は全国で数十校程度で、そこに在籍する生徒は数十人ほどの小規模の学校が多い。イタリア全国の障害児の約0.3%に当たる1000~1500人ほどの生徒が、今日でも特別学校で学んでいると考えられる。特別学校には医療やリハビリの施設が併設されていることが多く、こうした施設の活用の容易さやサポートを担う人材の豊富さが、通常の学校ではなく特別学校が選択される主な理由となっている。
その一方で、もちろん重度障害のある生徒が地域の学校で学んでいるケースもある。イタリア北東部の国境の街トリエステで出会ったのが、医療的なケアを受けながら通常の高校で学んでいるSさんだった。学校での彼の様子を2日間にわたって観察できたが、授業中に30分~1時間に1度ほどの間隔で、看護師が「胃ろう」による栄養剤の注入や「痰の吸引」を行っていた。イタリアの学校では、教師は一切の医療ケアに携わることができないため、月曜日から金曜日までSさんが学校に滞在する全ての時間帯に看護師が配置されていた。フルインクルーシブ体制のイタリアとはいえ、全ての授業に看護師が配置されるという十全な配慮策が講じられるケースはまれだと言えるだろう。母親に話を聞いてみると、「どれほど障害が重くとも、わが子にも通常の学校で学ぶ権利があるということを長く主張してきた。役所や医療・福祉機関と粘り強く交渉した結果、ようやく現在の支援体制を手に入れることができた」ということだった。
常時車いすで生活するSさんは、手を自由に動かせないため視線で入力が可能な特殊なタブレット端末を用いて授業に参加していた。自らの意思で複数の外国語を学ぶ「言語高校」に進学したSさんは、クラスメートと一緒に熱心に英語、スペイン語、そして中国語を学んでいた。筆者との別れ際に「僕は勉強が大好きなんだけれど、あと1年で高校は終わりなんだ」と寂し気に語ったSさんの言葉を思い返し、障害者権利条約に明記されている「障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されない…」という文言の重要さを改めて認識させられたのだった。