教職調整額の少なくとも10%以上への引き上げなどが検討されている給特法を巡り、日本労働弁護団は8月2日、給特法の廃止を求める集会を都内で開いた。教員の労働問題に関わった弁護士や研究者、教員らが登壇し、中教審の特別部会がまとめた答申案の問題点を指摘したり、給特法の維持によって長時間労働が温存されてしまうことへの懸念を表明したりした。また、近年、教員志望者の女性比率が下がっているという報告も行われ、教員が学生から選ばれない職になりつつあることを危惧する声も上がった。
日本労働弁護団ではこれまでも、教員の月額給与の4%相当の教職調整額を支払う代わりに残業代を支給しないことなどを定めた給特法が原因で、教員の長時間労働に歯止めがきかないとして、文部科学省に対し給特法は廃止すべきだとする意見書を提出している。
給特法の問題に長年取り組んできた日本労働弁護団常任幹事の嶋﨑量(ちから)弁護士は、教職の特殊性を理由に、時間外勤務を自主的な活動とみなして労働時間にカウントしない給特法は、労働者の権利を侵害していると強調。「裁量労働制や高度プロフェッショナル制度(高プロ)など、既存の残業代を支払わない制度の中でも給特法は最もひどい。裁量労働制や高プロは労働時間をカウントするし、本人が同意しなければ適用されないが、公立学校の教員にはそれすらも行われていない。いろんな点で比較しても、どう考えても圧倒的に給特法の方が危ない制度だ」と指摘した。
その上で、中教審の「質の高い教師の確保特別部会」で了承された答申案で、教職調整額を4%から10%以上に引き上げる方針が盛り込まれたことについて「労働時間を減らしてくれと言っているのに、お金を払うから許してくれと答えているようなものだ。人が死んでいるのに、なめているのか、としか表現のしようがない」と語気を強めた。
特別部会の答申案に関しては、登壇者からは別の問題点も提示された。
富山県教職員組合の能澤英樹執行委員長は、月あたりの時間外在校等時間を将来的に平均で20時間程度に縮減するという答申案の目標について、「学校現場では働き方改革で確かに少し楽になったけれど、これ以上どうすればいいのか分からないという閉塞(へいそく)感がかなりある。その中でここ(20時間)までどうやったら減らすことができるのか。現場からはいつになるのか、本当にできるのか、あるいは(教職調整額が)4%から10%になることで、もっと働けと言われないかという懸念の声も上がっている」と指摘。
能澤執行委員長は、給特法を廃止して、労働基準法に基づく勤務時間の把握と残業代を支給し、コストと業務量のバランスの取れたマネジメントを行うべきだとし、「これを採り入れると学校は大混乱が起きると思う。しかし、今まで先送りしてきた問題に、やはりここでしっかりと向き合う時期にあるのではないか」と問い掛けた。
岐阜県の高校教員である西村祐二さんは、答申案で盛り込まれた若手教員のサポートなどを担う「新しい職」の創設に伴い、教諭と主幹教諭の間に「新たな級」を設けることについて、先行して「主任教諭」を制度化した東京都の例を基に「調整額が上がる裏で、教諭にとどまることになった人の基本給が下がるといったことが起き得る」と批判した。
集会では教員の労働問題に取り組んできた弁護士も意見を述べた。
大阪府立高校の教員が、長時間労働によって適応障害を発症したとして大阪府教委を訴えた裁判などに携わってきた松丸正弁護士は「教員の長時間勤務を是正し、心身の健康を損ねないようにするためには、(公務災害の)認定だけではだめで、認定した後、長時間勤務を生み出している原因とその責任を問わなければいけないと、責任の問題を追及する裁判に取り組むようになった。認定は取れても、責任の問題をちゃんと位置付けされないと、その対策は不十分なものにとどまってしまう」と、給特法などによって、公立学校では管理職や教育委員会の責任が問われにくい状況になっている状況に危機感を募らせた。
福岡県春日市の小学校の新任教員が長時間労働や指導教諭らによるパワーハラスメントが原因で自殺したとして損害賠償を求めている裁判に携わっている光永享央弁護士は「教員の公務災害案件を今回初めて受け持ったが、それであぜんとしたことがある」と打ち明けた。光永弁護士によると、公務災害認定が下り、遺族補償の金額を決める際、亡くなる前の期間に応じた平均給与を基に計算するが、県の職員などであれば、実際に払われていなかった未払い残業代も平均給与に含められる。ところが、公立学校の教員は長時間労働をしていても、給特法のせいで平均給与の計算では未払い残業代がそもそも存在しないことになっているため、低廉な平均給与額に抑えられているという。「亡くなった後の遺族補償が不利になるという意味でも、何重にも苦しみを与えている」と光永弁護士は話した。
教員の長時間労働の問題について問題提起している名古屋大学の内田良教授からは、近年、教員志望者に占める女性の割合が減少傾向にあることが報告された。内田教授らの調査では、教育実習の際に、午後8時以降も学校で仕事をしていたり、指導教員から厳しい叱責(しっせき)を受けたりしていると、女子学生は教員になりたくないと思うようになることが分かった。
内田教授は「休憩時間を知らないという人が2021年の時点で3割いる。小学校20代の教員は4割。若い人の方が何も知らない、若い人が長時間労働というまずい傾向が出ている」と、若手教員や女性教員にとって、学校が働きにくく選ばれない職場になりつつあることに警鐘を鳴らした。
この女性の教員志望者の減少について、東京大学の本田由紀教授は「日本の教員はこれまで、女性が働きやすい貴重な仕事だったが、それに女性が就かなくなっているということは、子どもたちにとっての、自立して働く女性の重要なロールモデルが減っているということでもある。教員が長時間労働に耐えて、声を上げないことそのものが、子どもたちにすごい弊害をもたらしている」と、子どもたちのキャリア観への悪影響を懸念した。