東京都足立区に今年度開校したばかりの学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)、東京みらい中学校(定野司校長、生徒69人)。60以上の専門学校などを運営してきた学校法人「三幸学園」が設立した私立の学校で、産学連携に取り組み「社会に貢献する人材」の育成を目指している。東京みらい中の設立準備や学校づくりを主導してきた統括責任者の高岡昌弘さんに、開校の経緯や狙い、学校の特徴、今後の展望などについて聞いた。
東京みらい中は、旧足立区立千寿第五小学校の跡地に建設されている。この用地の活用事業として、3年前に足立区が「避難所機能を有する文教施設」と「福祉型児童発達支援センター」の建設と運営をする事業者を公募し、三幸学園が選定された。東京みらい中の隣に現在、児童発達支援センターを建設中だ。「文教施設」はどのような学校種でもよかったが、三幸学園は通信制高校とともに、中学校で特別な教育課程を編成する「学びの多様化学校」を提案した。
「私たち学園のミッション・ビジョンに基づき、不登校という今日の教育課題、社会問題に取り組んでいくため、『学びの多様化学校』の枠組みと特徴を生かした新たな学びの場の設立に至った」と高岡さんは話す。これまで主に専門学校を運営し、通信制高校や同じ足立区に大学なども設立してきたが、中学校という「義務教育」の領域に踏み込むのは、学園として初めてだった。「高校よりも早い段階から子どもたちの社会性や自己効力感の醸成をしないといけないのではないか。圧倒的に増え続けている不登校の問題について、私たちがこれまで行ってきた『あきらめない教育』、生徒が社会に出た後までを見据えた教育が、その解決の一助になれば」と設立の狙いを話す。
高岡さんは、新しい学校での取り組みは、大きく分けて2つの軸があると話す。1つ目は、「不登校の生徒と学校との溝」をどう埋めるかだ。そのためには「不登校の生徒の多くが持っている、学校に対するネガティブなイメージをなくすこと」が鍵だという。教員を「スタッフ」として生徒に「さん」付けで呼ばせているのも、教室を「クラスルーム」、体育館を「アクティブルーム」などと施設名を横文字で名付けているのも、制服を着用するしないを自由にしているのも、「学校っぽさをなくす工夫」だ。
また、授業の開始を午前9時半にし、通常の中学校より1時間程度遅らせて、朝起きて学校に行く生活習慣がまだ身に付いていない生徒もゆとりをもって来られるようにしている。時間割の中で、月曜の1限に自分で好きな授業を選べる「チョイスタイム」を設けたり、木曜を実技系の科目中心にしていたりするのも、「学校に来やすくする」ための方策だ。「校則などよりも、学校に行くことの障壁を減らし、学校に来て勉強するという状況をどうやって作るかの方が圧倒的に重要だ」と高岡さんは話す。
2つ目の軸は、「学校と社会との溝」をどう埋めるかだ。そこにこそ、これまで専門学校などで職業教育や社会人教育といった「社会に直結する教育」をしてきた学園の強みが発揮できると高岡さんは話す。「今までやってきたことを生かして、中学校での学びを、社会や生活、実際の職業とつなげていきたい」。そもそも教育基本法でも「義務教育」は「国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるもの」と定められていると指摘し、「平たく言うと、社会人としての基礎を養うということ。この中学校で、不登校の経験があり、まだ自分自身や、人や社会との関わりに自信や関心がなかったりする子どもたちを社会とつなげていくことが、一番私たちができることだ」と考えている。
人との関係性やさまざまな職業と仕事について実践的に学ぶ「ソーシャルスキルトレーニング(SST)」の授業は、その筆頭だ。企業や系列の専門学校などから外部講師を招く「特別授業」も実施している。「生徒がさまざまな業界や職業に興味・関心を持ち、これから自分がどういう仕事に就きたいか考えるきっかけにしてもらいたい。そして、SSTで学んだことが、どの教科と結び付いているのかも意識させ、学習への意欲を育てたい」と高岡さんは話す。
SSTだけではなく、国語や数学といった各教科の日常的な授業でも、その学びがどのように社会と紐付いているのかを生徒に伝えていきたいという。「生徒たちも、今学んでいることが世の中の、仕事のどういう点につながるのか分かってくると、面白いと感じるのではないか。そういう発想や観点をどれだけ教員陣が持てるか、きっかけをどう作れるか。世の中にあるものは、複合的な、教科を横断するもので成立しているわけで、それを教員が理解してそれぞれの授業でも包括的に触れていく、それを習慣化しようという話をしている」
東京みらい中では、中学生として必要な「学力」を養うことに力を入れていると高岡さんは話す。「うちはフリースクールではないということ。そこが居場所になって、自分の好きなコミュニティーになるだけでなく、中学校として、学力をつけて、受験をして、高校に進学するなど、次のステップに行かせる目的がある」
不登校を経験してきた生徒たちが、学校に来られない可能性もある。それでも学びが途切れることがないようにと、授業は基本的にオンラインでも配信し、生徒はタブレットを常用することにした。学習の習熟度の個人差も大きいため、それに合わせて単元別に「ぐんぐんコース」や「こつこつコース」など学び方を生徒が選び、ICTを活用して学べるようにしている。それらへの対応もあるため、原則一つの授業を教員2人が担当し、チャットなどを通じてオンラインで生徒とのやり取りもできる体制にした。
「私たちは人との関わりを重視しているので、学校に来て、教室で対面授業を受けることが最も良いと考えている。でも、すぐに教室に来られない生徒もいるので、自宅や校内の他の場所でも学習できるように環境を整えた」
開校当初、学校に来たものの教室で授業を受けることができない生徒のために、「チャレンジスペース」という個別に学習できる部屋を設けていた。しかし、予想以上に「ヘルスルーム」と呼ばれる養護教員のいる保健室を訪れて、相談したり居場所としたりする生徒が多く、「教室に来るまでに、予想以上に段階が必要だということが分かり、ステップを見直すことにした」。スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーが常駐して相談や学習ができる「ルポルーム」を新たに設け、ハンモックやソファなどを導入して休憩も入れながら学習できる別の「チャレンジスペース」を開設するなど、生徒の実態や状況に合わせてステップを増やし、学習環境を整えていった。
「最終的には、時間を守り、みんなと共同で作業するということが社会人になるために必要な要件なので、生徒たちのそれぞれの状況に応じて少しずつステップを上げていき、上級学校に向かわせてあげたい。居心地がいいだけの学校であったら、ここを卒業した途端に他に適応できなくなってしまう可能性がある。社会人として一人前にスタートラインに立てる可能性がある子どもたちなので、中学校の段階で、学校に来て教室で授業を受ける、クラスという一つのコミュニティーの一員になる、そういう習慣を作ることが重要だ」と力を込める。
学力とともに、人間性や社会性など、生徒の「生きる力」につながるものも向上させたいと高岡さんは話す。そのため、学力と違い、把握が難しい生徒の非認知能力を可視化しようと、ICTツールを使って気質や行動特性の測定なども定期的に実施することにした。初回の結果、東京みらい中の生徒たちは、『寛容』の平均値がどの項目よりも一番高く、逆に『影響力の行使』が一番低いことが分かったという。
「つまり、相対的に『優しい』子が多いということ。逆に、集団の中で自分の意見を言う、自分を出すのが苦手だということが分かった。その優しさが弱さにならないように、自信をつけさせたい」
そのためにも、「好奇心・チャレンジ・感動 未来へ一歩前へ」という校訓を実践していきたいという。「生徒たちが好奇心を持ち、やりたいことにチャレンジする。その中で、やったらできたという成功体験があって、自信がつき、人との協働によって感動につながる。そして自分の未来に向けて一歩前に進める。大切なのは自己効力感で、人と比べるのではなく、自分自身がやりたいことに挑戦して達成し、自信をつけることだ。だから、個別に絶対評価をしないといけない。そこを重視しているので、ソーシャルワーカーやカウンセラーなど、教員だけでなくさまざまな人が生徒の様子を見たり、関わったりするようにしている」
「学力もそうだが、人として成長させてあげないと、本当の意味での不登校への支援、問題解決にはならない」と高岡さんは話す。今後も自己効力感ややり抜く力などの非認知能力を可視化してアプローチし、変化を見ながら、生徒の「生きる力」を向上させていきたいという。
4月に開校してから夏休み前までの登校率(生徒が実際に学校に来ている割合)は、1年生が59.4%、2年生が73.7%、3年生が81.2%だという。東京みらい中には入試があるため、志願者本人が1度以上来校し、オープンキャンパスで体験授業と個別相談会に参加しないと、出願資格が得られない。筆記試験はないが個人面接があり、本人と面談する。「私たちの学校に志願してくるのは、不登校の中でも、自宅から出て来られる子どもたちだ。高校に行きたいなど、これからの目標を見つけたいという意志を持っている生徒たちで、それをどう実現させていくかが大切だ」と高岡さんは話す。
また、三幸学園は東京みらい中が立地する足立区と連携を進めていて、8月9日に「不登校児童・生徒支援のための連携・協力に関する協定」を締結した。今後、区が運営する「チャレンジ学級(教育支援センター)」に通う不登校の小中学生へのキャリア教育や、不登校の子どもを持つ保護者の会を開催するほか、ICTの活用方法を共有するなどして、連携や協力を深めていく予定だ。
東京みらい中を今後、どのような学校にしていきたいか。「『公教育』である義務教育に、私たちが取り組んできた得意な職業教育、社会人教育といった『私教育』のエッセンスを入れて、中学校の段階から、生徒たちが将来、社会に貢献する人材になる素地をつくっていきたい。また、今後も産官学連携を推し進め、学園として不登校問題に正面から取り組み、社会の期待に応えていきたい」と高岡さんは抱負を語った。