「3S1K」なる略語を聞いたことがあるでしょうか。東京都文京区にある「誠之小学校」「千駄木小学校」「昭和小学校」「窪町小学校」の4つの公立学校の頭文字を取ったもので、不動産業界で使われる言葉だそうです。「3S1K」は教育移住に関心を持つ中国人の間で急速に広がっており、SNSを検索すると「難関大学が集積し、教育水準が高い校区」などと解説する投稿が多数ヒットします。実際、この数年で在籍する中国人児童が増えているとの報道もあります。
中国人が「3S1K」に関心を示す背景には、子どもが伸び伸びと育つ上で日本の小中学校が素晴らしい教育を提供していると考えていることがあります。もちろん、それだけではありません。中国には有名校・名門校の校区にある不動産を指す「学区房」という言葉があります。中国人は教育熱心なので、人気校区には入学希望者が殺到します。その結果、入学できる児童生徒を「校区に持ち家がある人」に制限する学校も少なくありません。公立校であってもです。
中国人から見れば、住民票を置くだけで校区内の小中学校に通える日本は非常に魅力的です。「伸び伸び育てたい」と言っておきながら、教育水準の高さにこだわるのは矛盾しているように見えますが、長男が開成中学に通う中国人男性は、「それが中国人のDNAというものだ」と苦笑いしながら答えました。
私は息子が6歳の時、12年勤めた新聞社を退職し、中国・大連の大学に博士留学しました。その後、現地の大学で教職に就き、息子は4年間ローカル校に通いました。子育てと自分のキャリア形成に奮闘した当時の体験は、昨年10月に出版した『崖っぷち母子、仕事と子育てに詰んで中国へ飛ぶ』に記していますが、自分で自分の首を締めているような窮屈な日本の社会や組織に苦悩し、「国外逃亡」をした私は「中国の小学校って楽だなあ」と思うことがよくありました。
中国の学校は勉強の進度が早いし、子どもたちは習い事に追われていましたが、私がよそ者だからか、日本にはない緩さも随所に感じ、救われることが多々ありました。日本と中国は地理的にも近いですし、どちらの親も「隣の芝生は青く見える」のかもしれません。本連載では、中国での生活や中国人との付き合いを通じて感じた日中の学校教育の違いや、それぞれから見たお互いの国の教育環境の良い点、問題だと感じる点について紹介していきます。
【プロフィール】
浦上早苗(うらがみ・さなえ) 経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員(コミュニケーション・マネジメント)。福岡市出身、西日本新聞社に勤務後、中国にMBAおよび国費博士留学。少数民族の大学で教鞭を執り帰国。近著に『崖っぷち母子 仕事と子育てに詰んで中国へ飛ぶ』(大和書房)、『新型コロナVS中国14億人』(小学館新書)。