筆者は20年弱、「労働弁護士」(労働者・労働組合側の立場で労働者の権利擁護に取り組む弁護士)として活動してきた。その中で、労働者の死亡事案含め、深刻な被害が生じた労働事件を数多く担当してきた。
学校を卒業して間もない多くの若者が、過労死、若者を使い捨てにする「ブラック企業」、学生であることを尊重しない「ブラックバイト」、退職させてもらえない退職妨害など、深刻な労働トラブルに直面しているのだ。
そんな経験から確信するのは、ワークルール教育の普及が、労働問題を予防する「究極の対策」になるということだ。ここで指摘するワークルール教育は、ルール(法律)を学ぶことに限定されない。ルールを実現するための制度やあらがい方も学びの対象に含まれる。
ワークルール「教育」、特に学校で実施するものは、即効性という面で効果は少ないと思われるかもしれない。しかし、深刻な労働問題を防ぐ「究極」の対策は、子どもたちが社会に出る前、さらには社会に出た後も、継続してワークルール教育に触れる機会を社会に浸透させることだ。
不幸にも被害者となった労働者、特に若者は、基本的なワークルールの知識が乏しいことが多い。被害に遭った自分を強く責め、他方、違法な扱いに対して労働法上の権利を行使するという発想には思い至らず、泣き寝入りを強いられているような事例に数多く接してきた。
意外に思われるかもしれないが、弁護士に事件を依頼する労働者も、当初から「職場を訴えたい」と希望する人ばかりではない。「退職させてもらえない」「職場から損害賠償請求される」「ハラスメントでメンタル不調に追い込まれる」など、深刻な事態になって職場から逃亡するため、やむを得ず弁護士に相談に来るケースが多い。従って、最後は使用者にあらがうことを選択する人も、当初はそんなつもりは全くないことも珍しくないのだ。だから、あらがうことを選択する労働者の背後には、職場で同じような扱いを受けても(無自覚で)泣き寝入りを強いられている、数多くの同僚が存在する。
社会から深刻な労働問題が消えない要因の一つは、多くの労働者が職場での違法な扱いに泣き寝入りを強いられているからだ。労働者が持つ権利を当たり前に行使できる社会をつくること、それが労働問題を予防解決するための「究極の対策」になる。
そのために、子どもたちが社会人になる前の学校教育の現場でも、社会に出てからも、ワークルール教育を浸透させることが重要だ。本連載では、そんな意義のあるワークルール教育について、教育現場で取り扱う場面を中心に取り上げていきたい。
【プロフィール】
嶋﨑量(しまさき・ちから) 弁護士、日本労働弁護団常任幹事、神奈川総合法律事務所。主に労働者・労働組合の権利擁護のため活動し、特に教員の労働の問題やワークルール教育に精力的に取り組む。主な著書に『労働者が円満退職するための法律実務』(旬報社)、『#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来』『迷走する教員の働き方改革』『ブラック企業のない社会へ』(いずれも岩波ブックレット・共著)など。