ドイツでは、移民の子供たちが学校でさまざまな課題に直面している。言語はもとより、学力、学校適応、キャリア展望など、多岐にわたる。その課題を乗り超えるために期待されているのが、移民教師だ。移民教師が移民の子供をサポートすれば、うまくいくと期待されているが、その期待には明確な裏付けはない。むしろ移民教師としてカテゴライズすることの弊害が議論されている。
移民教師という言葉には、大きく2つの意味がある。1つは、移住してきた教師(migrated teacher)だ。例えば、ある国の教師がさまざまな事情で外国に移住した際に、移住先でも教師として働く場合、あるいは、ある人が移住先の国で初めて教師になる場合もある。
もう1つは、移民背景のある教師(teacher with migration background)だ。例えば、子供の頃に親に伴って移住し、その後の進路で教師になった場合や、移住してきた両親から生まれた人が教師になる場合である。両親のどちらかが移民の場合も、ここに含まれる。
2024年の統計を見ると、ドイツでは移民背景のある生徒は全体の42.2%であるのに対して、移民背景のある教師は全体の19.4%である。移民背景のある生徒と教師の割合には、大きな乖離(かいり)がある。この傾向は、ヨーロッパの多くの国に共通している。
移民教師は、移民背景のある生徒にとって、大きな役割を果たすことが期待されている。例えば、マイノリティーの立場や文化に理解があること、移民背景のある生徒に対しても他の生徒と同等の教育的期待をかけられること、移民背景のある生徒のよきロールモデルとなることなどだ。
これらを通して、移民背景のある生徒の学力保障やキャリア選択にポジティブな影響を与えることが期待されているのである。
しかし、移民教師にかけられる期待は、あくまでも期待でしかない。研究者は、こうした期待に根拠が乏しいことを指摘する。「移民である」もしくは「移民背景がある」ことが教師としての特性であるかのように捉えられることによって、移民教師へのラベリングが促進される問題もある。
例えば、移民背景のある生徒の学力やドロップアウトといった課題には、「移民」ということだけでない複合的な要因が絡む。にもかかわらず、移民教師が対応することで解決すると思われ、「移民背景のある生徒を教えるのは移民教師」という分離につながってしまう。
また、移民教師が移民背景のある生徒の教育課題を解決に導いた場合、それは「移民である」もしくは「移民背景がある」ことではなく、教師としての専門的力量によるはずだ。「移民」もしくは「移民背景のある人」ではなく、専門性を持った教師として認めてほしいと感じている移民教師もいる。
もちろん、移民教師が持つ意識や考え方の特徴も研究では示されている。例えば、移民背景のある教師は他の教師に比べて不平等に敏感な一方、学校で疎外感を感じたり、時には差別を受けたりすることもある。
重要なのは、移民教師たちに特定の役割を過度に期待するのではなく、移民教師たちが直面する困難に対し、教師としての専門性を発揮し続けられる環境を整えることである。
ドイツでは、移民教師が抱えている困難や課題を共有するためのネットワークが構築されてきた。先進的な事例は、2000年代後半からネットワーク化に取り組んだノルトライン=ヴェストファーレン州である。同州のネットワークは教員養成を行う大学と連携し、移民背景のある教師志望者を支援する取り組みを行っている。
移民背景のある教師志望者は、大学や教育実習先の学校で教師教育者からネガティブな対応を取られたり、拒絶されたりすることがある。そのような教師志望者が抱えがちな悩みや問題に対応するために、現職として働く移民教師たちがメンターとなって、支援する活動を展開している。
またブレーメン州では、教師の現職教育を提供する州立学校研究所(LIS)が移民教師のネットワーク構築を進めている。担当するのは、異文化間教育の部署だ。ネットワークは立ち上がったばかりであるが、自身も移民背景のある教師が主導して、お互いが抱える課題について共有しながら、組織的な支援の可能性を探っているという。
こうしたネットワークは、学校現場における移民教師の孤立を防ぎ、教師の専門性を高めるよりどころとなって、現場での活躍を支えていくだろう。
※比較教育研究会は世界各地の教育現場をフィールドにする教育学者のグループです。地域研究に根差した日本の比較教育学の強みを生かして、現地の教育実践や人々の暮らしを多角的に見つめています。本連載は林寛平(信州大学)、佐藤仁(福岡大学)、荻巣崇世(東京大学)、黒川智恵美(上智大学)、能丸恵理子(ライター)が担当しています。