これまで紹介した通り、中国の大学入試は一発勝負ですが、受験生が所属する地域によって同じ大学でも合格最低ラインが違います。中国の大学で教員をしていたとき、入学後の自己紹介で「私は河北省出身です」とアピールする新入生が多いことに気付きました。
同僚によると、河北省は子どもの数が多く、どの大学を受けるにも合格最低点が他地域より高くなりがちだそうです。「私は河北省出身です」という自己紹介には、言外に「他の地域に生まれていたなら、もう一ランク上の大学に入れた」というプライドも含まれているのでしょう。
その河北省には、中国一の進学校として知られる「衡水中学」があります(中国の「中学」は、日本でいう中学、高校の両方を含んでおり、本記事では高校と理解してください)。皆さんは「中国一の進学校」と聞いて、生徒の自主性や知的好奇心を育てる高校を想像するかもしれませんが、実際には「大学合格工場」との別名を持つ、軍隊式の詰め込み教育を行う高校として知られています。「刑務所」と呼ぶ人もいます。Wikipediaの英語版には「生徒は寮に住み、朝5時半に起き、午後10時10分に寝る。食事やトイレの時間も惜しみ、毎日十数時間勉強し続ける」と書かれています。
ある年の年度初め、教員室が「今年の入学者に衡水卒がいるらしいよ」という話題で持ち切りになりました。ある教員は「何でうちの大学に?かわいそうに……」と同情しました。この大学は、全国的に見れば「中の上」くらいの学力でした。
入学前から注目の的となったその学生は、2年生の時に私のゼミに所属し、たくさん話をしました。彼女によると、高校には「勉強に集中するため」に鏡がなく、シャワーを浴びられるのも週に1回。教室の席は成績順。最前列はチョークの粉が飛んでくるため、成績の悪い生徒が座らされるといううそみたいな話でした。
高校の同級生の半分が中国トップの清華、北京大学に、残りの学生もほとんどが全国的に名を知られた難関大学に進学する中、大学入試の日に体調を崩し、力を発揮できなかった彼女は「名前も知らなかった」という大学の日本語学科に進学することになりました。
だからと言って彼女はやる気を失うこともなく、卒業まで学年トップの成績を維持しました。とはいえ、彼女の挫折感は一生消えることがないかもしれません。中国は大学入試の結果が人生に影響を及ぼし続け、そこで失敗するとやり直しが難しいと多くの人が考えています。過酷過ぎる大学入試とそれに伴う痛みが、昨今の中国人の日本移住ブームと大きく関連しているのです。