第9回 中国の大学生が「日本の運動会の弁当」をうらやましがるわけ

第9回 中国の大学生が「日本の運動会の弁当」をうらやましがるわけ
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 私の息子は中国の最初の1年を私立学校の「学前班」で過ごしました(第2回参照)。小中高の一貫校だったこの学校は生徒の海外進学を目指しており、小学5年生までに小学校の勉強を終わらせ、6年生からは英語で授業を行います。私たち親子が中国に移住し、息子が同校に通い始めたのは2010年。中国のGDPが日本を抜いて、世界第2位に浮上した年でした。中国人の経済力が高まり、お金持ちでなくても海外留学を視野に入れる時代が始まっていました。

 当時から中国人の自国の教育制度への不満はすさまじいものがありました。中国の教育は「応試教育」と呼ばれ、大学入試をゴールに設計されています。息子が通っていた「学前班」には、「記憶力」という授業が週に2~3時間ありました。トランプの神経衰弱で記憶力を鍛えたり、円周率を小数点100桁まで覚えたりするのです。息子は20代になった今でも50桁ほど記憶しており、暗証番号はいつもそこから取っています。

 小1から中間試験、期末試験があり、中学校に入ると副教科はどんどん削られていきます。子どもたちは習い事に追われ、土日の公園には高齢者しかいません。

 中国人からは、日本の学校は理想郷のように見えるそうです。特に今の30代より下の世代はネットで日本のアニメやドラマを視聴してきた世代で、大学教員時代の教え子の一人は、「アニメに登場する女子高生のようなかわいい制服に憧れていた」と教えてくれました。別の学生には、「日本には『三大弁当』がありますよね。花見の弁当、学校の弁当、運動会の弁当。私は運動会の弁当を食べてみたいです」と言われました。「三大弁当」なる言葉は初めて聞きましたが、この学生は中学で体育の授業がなくなったそうで、高校まで運動会がある日本がうらましくて仕方ないとのことでした。

 私は当時、ゆとり教育の日本で息子の学力が低下することを心配しており、若いうちにたくさん知識を詰め込むことの何が悪いのだと考えていました。運動会で朝早くから場所取りをして、豪華なお弁当を作るのがよい家庭とされる日本の価値観に疲弊していたこともあり、「中国人は日本の学校生活をそんなふうに見ているのか」と新鮮に感じたものでした。

 今思うと、どちらのやり方にも「一理」はあります。それが「正しいもの」「絶対的なもの」と見なされて個人が圧力を感じたり、選択肢が狭まったりするのが問題なのでしょう。

勤務していた大学での「日本語クイズ大会」。中国の30代以下は、日本のアニメやドラマを視聴してきた世代。
勤務していた大学での「日本語クイズ大会」。中国の30代以下は、日本のアニメやドラマを視聴してきた世代。

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