精神科医として少年院で出会った子供との関わりをつづった『ケーキの切れない非行少年たち』の著者・宮口幸治教授。生きづらさを抱える子供の要因の一つに認知機能の弱さを挙げ、その支援をするためのツールとして「コグトレ(認知機能強化トレーニング)」を開発した。「見る力」や「書く力」、そして社会で生きていくための「対人スキル」を育むための支援とはどのようなものなのか。具体的な手法とともに、学校の教員が心にとどめておくべきことを聞いた(全3回)。
少年院に勤務していたとき、非行少年たちに少しでも良い状態で社会へ戻ってほしいとの思いで開発しました。社会面、学習面、身体面の3つの視点から、子供の認知機能を支援する包括的なプログラムです。
少年院で出会った非行少年たちに苦手なことを尋ねると、「勉強」と「人と話すこと」と口をそろえます。
私は少年院や病院の他にも、小中学校を対象としたコンサルテーションや教育相談を通じて、困難を抱えた子供たちと関わってきました。
そして、そうした子供たちの多くが、少年院で出会った少年たちと共通する課題や困難を抱えていることに気付きました。そんな中、困っている児童生徒を一人でも多く見つけ出し、支援してほしいという思いを持ち、学校向けにアレンジしたワークシートを開発したり、学校教員向けの研修会を実施したりしています。
支援対象となる、困っている子供の特徴を「5点セット+1」に整理した上で、点つなぎや間違い探しなどのワークを通してトレーニングするものです。
「5点セット+1」とは、①認知機能の弱さ②感情統制の弱さ③融通の利かなさ④不適切な自己評価⑤対人スキルの乏しさ――の5点と「身体的不器用さ」です。「身体的不器用さ」については、小さい頃からスポーツをしている場合などは、当てはまらない子供もいます。
例えば「認知機能の弱さ」に関するトレーニングでは、注意力を付けることがベースにあります。
見る力のトレーニングでは、見本を模写したり、複数枚の似たような絵の中から、同じ絵を2枚見つけるワークをしたりします。一方、聞く力に関するものでは、3つの短文を読み上げ、最初の言葉だけを覚えてもらいながら、「動物」の名前が出たら手をたたくなど、言語性ワーキングメモリを使ったワークをします。
また、感情をコントロールするトレーニングでは、イラストを見ながら登場人物たちがどのような気持ちか、何があったのかなどを想像して記述します。人物の表情を読み取ったり、複数の人物の気持ちや背景を考えたりすることで、同じ場面でも人によって抱く気持ちや価値観が違うことに気付いていくワークです。
聴く力トレーニングの例
出題者が3つの文章を読み上げ、対象者に最初の単語だけを覚えてもらう。動物の名前が出たら手をたたく。
問)・サルの家には大きなツボがありました。
・大急ぎでネコはそのツボの中に入ろうとしました。
・ツボを壊そうとイヌが足で蹴りました。
答)単語:サル、大急ぎ、ツボ 手をたたく:サル、ネコ、イヌ
朝の会や帰りの会に5分間程度で行ったり、各教科に関連するワークは授業中に行ったりすることも可能です。
理想的なのは集団で指導しつつ、その結果をスクリーニングして、個別指導につなげることです。気になる子供を対象に、特に弱いと思われる分野のワークを繰り返し実施します。スクリーニングは試験的に数校で実施し、結果を検証しているところです。
子供たちは教科の問題が解けないと落ち込むことが多いですが、「コグトレ」は間違い探しやパズルなどゲーム的要素があるので、楽しみながらできます。うまくできなくても、子供たちが傷つくことはほとんどありません。
子供への支援は大きく分けて、学習面、身体面、社会面の3つに分類できます。この中で何が一番大切かと講演会などで学校の先生に尋ねると、ほとんどの方が「社会面の支援」と答えます。しかし、そのために学校でどのような取り組みをしているかと聞くと、「何もしていない」との答えがほとんどです。
「社会面の支援」とは対人スキルの方法や感情のコントロール法、問題解決力など、生きていく上で欠かせない能力を育むことです。これらのどれか一つでも欠けていたら、社会で円滑に生活できません。いずれ社会に巣立ち、自立しなければならない子供たちにとって、最も大切な支援の一つでしょう。
しかし、現在の学校教育は、それを系統立てて支援する体制が全く整っていない状況があります。
すぐにカッとしてしまう子供には感情のコントロール法を、人に質問したり物事を頼んだりできない子供にはその方法を、一から丁寧に教える必要があります。多くの子供は、生活の中で自然に身に付けていくスキルですが、知的障害や発達障害、その疑いのある子供たちにとってはなかなか難しいことです。
ですから、学校集団の中で系統的に学ぶしか方法はありません。それが学べないという環境が、問題行動や非行につながる一因になるのです。
「教える」という姿勢は、絶対にだめです。
私も少年院で「コグトレ」を取り入れた当初、「頭が良くなるからやろう」と言えば、子供は飛び付くだろうと安直に考えていました。しかし、いざ少年たちにやらせてみると、大半の子はすぐに飽きてしまいました。
大きな転換期になったのは、ある日私が「じゃあ誰か、前に立って私の代わりに教えてみて」と言ったことです。すると少年たちの表情が一気に明るくなって、「俺がやる」と次々に手が挙がりました。そして、前に立って楽しそうに問題を読み上げたり、得意気に他の少年に教えたりするようになったのです。
それからというもの、あんなにつまらなさそうにしていたのがうそのように、どの子も真剣に取り組み、能力もぐんぐん上がっていきました。
そうして、私は少年たちが「人に教えてみたい」「人から頼りにされたい」といった思いを抱いていることに気付きました。つまり、「教える」という視点では駄目だったのです。
子供にとって、人に教えたり問題を出したりすることが、人から頼りにされ、認められる体験となります。「どうせやっても無駄」と思っていたり、周りから言われたりしてきた子供ほど、人に教える体験が自己評価の向上につながり、やる気を呼び覚ますのです。
聞き手:板井海奈、写真:小形一平(500G)
宮口幸治(みやぐち・こうじ) 立命館大学産業社会学部・大学院人間科学研究科教授。医学博士、日本精神神経学会専門医、子どものこころ専門医、臨床心理士、公認心理師。京都大学工学部卒業、建設コンサルタント会社勤務の後、神戸大学医学部医学科卒業。大阪府立精神医療センターなどを勤務の後、法務省宮川医療少年院、交野女子学院医務課長を経て、2016年より現職。児童精神科医として、困っている子供たちの支援を教育・医療・心理・福祉の観点で行う「コグトレ研究会」を主宰し、全国で教員向けに研修を行っている。著書に『性の問題行動をもつ子どものためのワークブック』(明石書店)、『不器用な子どもたちへの認知作業トレーニング』『コグトレ みる・きく・想像するための認知機能強化トレーニング』(以上、三輪書店)、『1日5分! 教室で使えるコグトレ 困っている子どもを支援する認知トレーニング122』『もっとコグトレ さがし算60 初級・中級・上級』『1日5分! 教室で使える漢字コグトレ小学1~6年生』(以上、東洋館出版社)、『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社)など