ベストセラー『さる先生の「全部やろうはバカやろう」』を発刊後も、ツイッターを中心に学校の生産性改革について発信し続けてきた京都府八幡市立有都小学校の坂本良晶教諭。コロナ禍を経た現在、改革は次なるステージを迎えているという。「毎日午後5時には退勤する」と話す坂本教諭の日々の仕事ぶりを取材し、公立学校教員の働き方について考える。(全3回)
「それでは、本日の授業の振り返りを書いてください」
授業が残り5分を迎えたところで、坂本教諭はそう呼び掛ける。すると4年1組の子どもたちは、一斉にiPadに向かって文字入力を始める。どの子も大人顔負けの速度でタイピングをしているが、4月まではほとんどの子がそうでなかったというから驚かされる。入力が完了して「送信」を押すと、データは瞬時に坂本教諭のところに集まってくる。
「マイクロソフトの『Forms』などのツールを使い始めたことで、子どもたちの振り返りにかかる時間は短くなり、管理も楽になった」と坂本教諭は話す。以前、子どもの振り返りや感想を学級通信に載せる際は、何分もかけて入力し直していたが、「今はコピペで、10秒で終わる」という。7月4日時点で坂本教諭が発行した学級通信は38号と、年間100号を超えるペースだ。
ICTの活用により、「学級経営もスムーズになった」と坂本教諭は話す。この日の授業中、子どもたちは作成したプレゼン資料を「Padlet」というアプリで共有し、互いに「分かりやすいね」「面白いね」などとコメントを寄せ合っていた。こうした協働的な活動は家庭学習においても行われており、文章を書くのが苦手な子の頑張りを周囲が「すごい!」とたたえるなど、良き関係性の醸成に寄与しているという。
「学級経営がうまくいけば、保護者からの苦情も減り、教員の負担も減る。業務の効率化だけでなく、そうした視点からもICTの活用は有効」と坂本教諭は話す。
――著書『さる先生の「全部やろうはバカやろう」』を出されて3年になりますが、現在の公立学校の働き方をどのように見ていますか。
私が勤務する学校は、働き方改革がかなり進んでいます。例えば、下校時刻を午後3時半から3時15分に繰り上げたことで、先生方の可処分時間が増えました。
一方で全国を見渡せば、変わっていない学校も数多くあります。大切なのは、本質的ではない仕事をいかに減らしていくか。私自身は毎日夕方の午後5時に退勤していますが、それは「選択と集中」を図っているからにほかなりません。私が今、力を入れて取り組んでいるのは社会科ですが、全ての教科に同じように力を注げば、間違いなく破綻します。
――著書で教員の仕事を「マスト仕事」「ベター仕事」「ファッション仕事」「マイナス仕事」の4つに切り分けていたのが印象的でした。
例えば、教室の掲示は「ファッション仕事」です。それこそ、ファッションショーのごとく、クラス同士で競い合うような状況も見られますが、ここに力を注いだって子どもの成長にはつながりません。
手間を掛ければ、保護者や同僚から「あの先生は頑張っている」との評価を得られます。そのため、教員は「ファッション仕事」を増やしがちです。でも、大切なのは子どもの成長につながるかどうかなのです。
また、子どもの成長を妨げる「マイナス仕事」も行ってしまいがちです。例えば、指示を聞かない子に、正論をぶつけて指導をしたり、厳しいルールで縛ったりすれば、子どもの主体性を奪い、成長を阻害することになります。
――大手飲食チェーンの店長を経て教員になられましたが、やはり当時の経験が今に生きているのでしょうか。
そうですね。飲食店では、利益目標の達成に向けていかに作業工数を減らすか、常にオペレーション面を意識していました。そうした考え方は教員の仕事にも生きていて、なるべく無駄な仕事、付随的な仕事を減らし、主作業を増やすよう心掛けています。
また、飲食店の「タイムマネジメント」も、現在の仕事に生きています。例えば、飲食店では比較的余裕のある「アイドルタイム」に、混雑する「ピークタイム」に向けて仕事をストックします。それと同様の考え方で、今は学校の「1日」や「1年」をデザインしています。
――そうした手法を用い、飲食店勤務の頃は、兼任店長として全国1位の売上を記録されたのですね。
そうですね。でも、決して順風満帆だったわけではありません。店長として最初に持ったお店では、うまく行かないこともたくさんありました。そうした中で意識したのは「チームビルディング」です。売上目標の達成に向けて、アルバイトの大学生や高校生を巻き込みながら、一丸となって仕事を進めました。そうした経験も、現在の仕事に生きているように思います。
――飲食店で兼任店長として売上日本一まで達成したのに、転職して教員になったのはなぜですか。
会社の理念に賛同できなかったんです。人を大切にしないため、次々と優秀な社員が辞めていくような状況がありました。そんな折、たまたま「教員採用試験の倍率が下がっている」というニュースを耳にし、教員を目指してみようと思いました。
当時、小学校の競争倍率は4倍程度でしたが、「4人中3人に勝てばいいなら行ける!」と思い、その翌日には会社に辞意を伝えました。その後、1年間をかけて佛教大学の通信課程で免許状を取得し、翌年には採用試験に合格して教員になりました。
――学校で働くようになって、民間との組織風土の違いに悩まれることはなかったでしょうか。
特になかったですね。とても楽しくやっていました。当時はコスト意識が全くなかったので、午後5時まで子どもと遊んで、その後から仕事をしていました。好きな社会科は1授業ごとに板書計画と小テストのプリントを作るなどしていました。それこそ、やりたいことをやりたいだけやっていた感じで、それはそれで楽しいものがありました。それこそ「ファッション仕事」もたくさんしていました。
――変わったきっかけは何だったのでしょうか。
私自身が、苦しくてどうにもならなくなったんです。プライベートでは娘が生まれ、保育所の送迎をしなければならなくなった上に、その年は特活主任と体育主任を兼任していました。通常では考えられない量の仕事を抱え、「このままでは死んでしまう」と本気で思いました。それで、仕事の進め方を抜本的に見直すことにしたのです。今から6年くらい前の話です。
――学校の働き方改革は、業務の効率化も必要ですが、給特法など制度的な見直しも叫ばれています。この点は、どのように考えていますか。
給特法の廃止には、私も賛成です。なぜなら、日本の学校には人件費のコスト意識がないからです。超過勤務にかかるコストが生じなければ、不要な仕事が増えるのは当たり前です。自治体がコスト意識を持って教員の勤務時間をコントロールするためにも、給特法は廃止すべきだと考えます。
【プロフィール】
坂本良晶(さかもと・よしあき) 1983年生まれ。大学卒業後、大手飲食店チェーンに勤務し、兼任店長として全国1位の売上を記録。教員を目指し退職後、通信大学で教員免許を取得。翌年、教員採用試験に合格。2017年、子どもを伸ばしつつ、教員の働く時間を減らそうという「教育の生産性改革」に関する発信をツイッターで始める。『さる先生の「全部やろうはバカやろう」』(学陽書房)がベストセラーに。