2011年4月6日、私は家族と共に米国の首都、ワシントンD.C.に向かう飛行機の機内にいた。赴任先は補習授業校だという。日本の英語教師が、本場、米国で何の役に立てるというのか。補習授業校は週に一度だというが、他の日は何をすればよいのか。さまざまな疑問と不安が浮かんでは消えることを繰り返していた。目の前の映画の内容が一向に頭に入ってこない。本を開けば同じ行ばかり読んでいる。いても立ってもいられないのに、体はシートに縛り付けられ、飛行機の大気を切る音が「さあ考えろ、さあ考えろ」と焦らせる。
思い起こせば、派遣教員になることを考え始めたのはいつだったか。
現任校はその前身の学校のころから帰国生を受け入れ、育成、研究を続けてきた学校だ。世界中から集まる帰国生が共に学校生活を送り、自分の授業にいるのは日常の風景だった。彼らが難なく使う外国語や、物おじせず自分の意見を堂々と発表する姿を目の当たりにしているうちに、彼らは一体どんなところで、どんな経験をしてきたのだろうと思うようになった。日本の教育を経験してきた自分は、同様に日本に生まれ育ってきた生徒たちの学びであれば、その履歴は察しがつく。しかし、帰国生が体験してきた楽しみや困難は想像がつかない。海外で学ぶ子供たちを知ることが、今後の生徒指導に大いに役立つのではないかと考えた。
きっかけはもう一つある。学校が帰国生を受け入れる際は、世界各国の日本人学校や現地校、インターナショナルスクールから出された成績表を確認する。成績表のスタイルは本当にさまざまで、よく読み込まないと分からない。数字やABCによる評価には、到達度評価も学習態度の評価も入り混じっている。全てが文章によるものもある。中でも一番興味を引くのは、自分の教科である英語、いわゆる「Language Arts」だ。この成績が非常に多様で、「聞く」「読む」「話す」「書く」の4技能がさらに細分化されて、観点が10項目を超えている学校もある。成績という、教師からのフィードバックが細かければ細かいほど、生徒自身の振り返りや今後の目標設定は具体的にできる。成績表の観点や規準を見ていると、そこから海外の教師の授業が透けて見えてくる。おまけに成績を付けるときの大変そうな表情も見えてくる。海外の言語の授業をこの目で見てみたいと思ったのである。
4月6日朝に東京を出発し、時差の関係で同じ日付の朝にワシントンD.C.に到着した。さわやかに晴れ渡る空を見て、寝不足のだるさも吹っ飛んだ。この空の下で学んでいる子供たちに、私は会いに来たのだ。
あめみや・しんいち 東京都清瀬市立中学校を経て、東京学芸大学附属大泉中学校、同附属国際中等教育学校の英語教師。現・副校長。中学英語教科書『TOTAL ENGLISH』(学校図書)編集委員。海外子女教育振興財団の日本人学校・補習授業校応援プロジェクトAG5の研究員でもある。2011年から3年間、文科省派遣教員としてワシントン補習授業校で教頭を務めた。