現代の日本社会には、さまざまな格差の問題があります。例えば、所得格差や医療格差、地域格差、情報格差など、さまざまなものが挙げられるでしょう。その中に「学力格差」と呼ばれる問題があります。これは何を意味する言葉でしょうか。
学力格差とは、生まれ育った環境要因や個人の社会的な属性によって、子どもの学力に差が見られることを表す言葉です。具体的な例として、日本人の子どもと外国人の子どもの学力格差、男子と女子の学力格差などが挙げられます。とりわけ重要なのは、家庭の社会経済的背景(SES:Socio-Economic Status)に起因する学力格差です。
単なる「学力差」は問題ではありません。運動が得意な子と苦手な子がいるのと同じように、勉強が得意な子と苦手な子がいるのは当然です。
しかし、「学力格差」となると話が違ってきます。なぜなら、本人の努力や選択以外の要因、すなわち自分がコントロールすることができない環境要因が学力の形成に関わってくるのは不公平(アンフェア)だと考えられるからです。
もちろん、「環境のせいにせず、もっとがんばれ!」とハッパを掛けることが有効な場面もあるでしょう。しかし、たとえその言葉が善意によるものだったとしても、自己責任の言葉を子どもたちに(そして親に)投げ掛けることが困難な状況にある人々をますます苦しめてしまう危険性に、私たちは自覚的でなければなりません。
生まれ育った家庭が貧しいために、その子の才能が十分に発揮されないという状況は、その子本人の努力不足の問題ではなく、「義務教育の失敗」として社会の側に問題を見いだしたい。そして、「生まれ」の環境に制約されることなく、全ての子どもたちが自分の可能性を発揮し、周りの人たちと共生しながら、「自分が自分自身に望む人生」を歩んでいけるような社会をつくりたい。そのような問題意識の下、私は学力格差に関する研究を行っています。
ところが、学力格差は複雑な要因が絡み合って生じており、「これをすれば解決する」というような処方箋を見いだすことはおそらく不可能です。それ故、拙速な解決方策を提示する前に、学力格差の実態や原因についてデータ分析に基づいた「適切な診断」を行う必要があります。
そこで次回から、「学力格差の実態はどうなっているのか」「学力格差はなぜ生まれるのか」といった問いを検討していきたいと思います。その上で、学力格差の拡大を食い止めるための手だてを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
【プロフィール】
数実浩佑(かずみ・こうすけ)1990年生まれ。広島県出身。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。日本学術振興会特別研究員PDを経て、現在、宝塚大学東京メディア芸術学部・専任講師。専門は教育社会学、学力格差研究。主著に『学力格差の拡大メカニズム――格差是正に向けた教育実践のために』(単著,勁草書房,2023)、『教育格差の診断書――データからわかる実態と処方箋』(共著,岩波書店,2022)など。