本連載ではこれまで、「学力格差をいかにして克服することができるか」という問題意識の下、学力格差の実態はどうなっているのか、格差はなぜ生まれるのか、格差を食い止めるために学校は何ができるのか(できないのか)といった話をしてきました。
こうした議論を深めていくためには、主観的な印象論で教育政策を語るのではなく、学力調査や子どもの生活実態に関するアンケート調査などを通して、データを収集・分析していくことが不可欠です。
しかしながら、学力調査やアンケート調査にはコストがかかります。例えば、全国学力・学習状況調査の実施には、毎年数十億円もの予算がかかると言われています。金銭的なコストのみならず、学校教員に「アンケート疲れ」をもたらし、子どもに向き合う時間を奪ってしまうことも「コスト」に含まれます。こうしたコストが、調査によるメリットに全く見合わないというのであれば、直ちに調査設計を見直すべきでしょう。
とはいえ、調査をしないという選択肢も現実的ではありません。診察時間が短く、ろくに話も聞いてくれない医者の処方箋が信頼できないのと同じように、子どもの学力状況や生活実態を十分に把握しないままに打ち出される教育政策を信頼できるはずもありません。データがなければ、実施した教育政策が果たして成功だったのか失敗だったのか、振り返って検証することすらできません。学力調査が必要か、必要でないかという二者択一にとらわれてはいけません。求められているのは、「何のために調査をするのか」という問いです。
福岡教育大学の川口俊明准教授は、著書『全国学力テストはなぜ失敗したのか』(岩波書店、2020年)において、「何のために学力調査が必要なのか」と問い掛けた上で、悪影響が少なく、「役に立つ」学力調査を作っていくことの必要性を主張しています。中でも、「指導のためのテスト」と「政策のためのテスト」を分けて考えなければならないというのは、傾聴すべき重要な指摘です。
学力格差を克服するために必要なのは、「政策のためのテスト」です。この種のテストは「指導のためのテスト」とは異なり、すぐに学校現場に役に立つようなものではありません。短期的には、「メリット」はないのかもしれませんが、長期的な視点に立って適切な教育政策を立案し、学力格差の克服を目指すのであれば不可欠なものです。
学力調査に携わる政策立案者は調査のコスト(悪影響)を十分に意識し、「何のための調査か」を問い、必要な調査と必要でない調査を精査した上で、学力格差に関するデータを収集・分析していくことが求められています。