全10回にわたる連載も最終回となった。「自分を広げる」の最後は「先生としての自分と本来の自分」だ。 先生としての生きづらさを考えるときに、思い浮かぶのは「本当の自分はこんなことを言いたくはないのだけれど…」という枕言葉。「仕事だから」と割り切って言わなくてはいけないこと、伝えなくてはいけないことは確かにある。
「自分を広げる」の2つ目のテーマは「アンラーンできる環境に身を置く」だ。『Unlearn 人生100年時代の新しい「学び」』には、アンラーンについて次のように書かれている。「アンラーンとは何か? 学んだことを忘れること? 学ばないこと? ──いいえ、そうではありません。
今回から「自分を広げる」フェーズに入っていく。初任の頃から、学校外のいろんな場所で学ぶことが楽しかった。最初はただ不安だったから。新しいことを吸収してないと、いつか子どもたちに「この程度だ」と思われてしまうんじゃないか、学級崩壊が起きるんじゃないか、そんな不安と闘っていたのだと思う。
今回は先生やボクにとって、非常に耳の痛い話かもしれない。でも、大事なことなので聞いてほしい。先生は問題解決に走りがちな傾向がある。ある時期、ボクは学級の中の問題をつぶして回っていた。誰かと誰かがトラブルになっている、ある子が宿題をずっと忘れてきている、算数の進み具合が良くない…。
第6・7回目は、「望むものを生み出す」ことに焦点を当てていこう。今日的なテーマである「子どもと共創する」から始めてみる。「子どもと共創する」とはどんなことだろうか。ボクは、少しずつ先生がつくってきたものを、子どもたちに手渡していくことだと思う。ある年の授業参観では、その企画・運営を子どもたちが担った。
前回も解説した「枠組みを捉え直す」の3つ目は、「動かしてみて考える」こと。ボクが教員時代、陥っていた悪い癖は計画し過ぎることだった。学習指導案を書き、研究授業もたくさんやってきたが、計画通りに進めようと必死になり、失敗したことは一度や二度じゃない。計画が大き過ぎて頭でっかちになり、授業が始まってからはやることに追われて、こなしてしまいがちになった。
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