前回は、本校(大日向中学校)が依拠するイエナプラン教育とはどのような考え方なのかについて述べました。
少し補足しますと、大日向小学校が開校する際に掲げた「大日向に関わる全ての人が目指す6つの姿」は次の通りです。
ここでのポイントは「関わる全ての人」となっていて、子どもだけではなく生徒、保護者、教職員、地域の人々の全てが「生と学びの共同体」の一員として、これらを目指していくということです。
さて、このうち「3.」の「年齢も考え方も違う集団」というのはイエナプランの特徴で、学級を異年齢集団で構成します。本校でも中1、中2、中3の生徒が一緒のクラスで生活していて、今年度は2クラスがあります。そもそも人間は、年齢も、性別も、人種や民族も、考え方も、特性も多様です。違うことを前提にして認め合うからこそ、助け合いが生まれます。イエナプラン20の原則の1つ目には「どんな人も、世界にたった一人しかいない人です。つまり、どの子どももどの大人も一人一人がほかの人や物によっては取り換えることのできない、かけがえのない価値を持っています」と書かれています。一人一人が互いの違いを認め、尊重し合う社会を創るために、教育の果たす役割は大きいのです。
筆者がイエナプランに引かれたのは、シティズンシップ教育(市民性を育む教育)を研究していて、次のように考えたからです。子どもの市民性を養うためには、学校はできる限り社会の縮図として機能している方が良いと考えます。しかし、今の学校は学級が同年齢集団で成り立っていて、違いを意識して認め合うことがしにくい環境にあります。社会に出ると年齢が異なる集団はむしろ当たり前なのに、学校だけが年齢別に集団を形成しているのです。特別活動では縦割り異年齢活動の効果が認められていますが、そもそも生活の基盤となる学級を異年齢にすれば、助け合いの中で学ぶ(Learning by Caring)ことが可能となります。
現在の日本の学校制度の基となった学制が発布されたのは1872(明治5)年ですから、イエナプランの実践は約150年続いてきた日本の学校制度に挑戦していることになります。ですから本校は、同年齢でクラス編制をすること(=学年制)が当たり前となっている日本の学校制度に、新たな選択肢を加えることを提案する使命を負っている学校とも言えるのです。