文部科学省は1月末、都道府県や政令市の教育委員会と共に会議を設置し、教員採用試験の筆記試験の共同実施に向けた本格的な検討に乗り出した。筆記試験の問題作成や試験会場の運営といった各教委の負担を軽くする狙いがあるという。これに対し、教員採用試験の歴史などを研究し、主著に「戦後日本の教員採用」(晃洋書房)がある國學院大の前田麦穂助教(教育社会学)は「そもそも都道府県教委などの負担が大きくなったのは、国の政策に起因する側面があることに留意する必要がある」と語る。共同実施の議論が立ち上がってきた背景や議論を進める上での課題などを聞いた。
――教員採用試験を巡る各教委の負担はどうして増えてきたのですか。
国の政策に起因する部分と、外的な要因による部分があります。まず、国からの要請によって、教員採用試験の選考方法の多様化や複雑化、実施時期の前倒しなどが進められてきたという歴史を押さえておく必要があります。
都道府県教委などが実施している教員採用試験に法的な位置付けはありません。戦後、各自治体が手探りで採用方法を考える中で次第に確立され、筆記試験と面接を組み合わせるオーソドックスなスタイルは1960年代にほぼ定着しました。
これに対し、70年代から能力や適性を多面的に評価すべきだとの議論が起こります。80年代に入ると、旧文部省が各教委に対して選考方法の多様化を促すようになり、採用スケジュールの早期化を求める動きも出てきます。
こうした政府からの要請は、教員志願者の確保が難しくなる2010年代まで続きました。これに応じて各教委が選考方法の改善を図ったり、試験日程を前倒ししたりすることになった結果、負担が増えることになったのです。
――もう一方の外的な要因とはどんなものですか。
社会の要請によって教員採用試験の情報公開が進んだことです。出題内容が非公開とされた時代もありましたが、こうした対応は通用しなくなりました。今では全ての任命権者が試験問題と模範解答を公開しており、ホームページに掲載して広く知らせている自治体も少なくありません。
透明性が高まるのは歓迎すべきことですが、試験問題を作成する側からすれば、出題ミスへの重圧が増すことを意味します。各教委は事前のチェック体制を強化する必要に迫られ、結果的に作問業務の負担が大きくなりました。08年に大分県の採用試験を巡る贈収賄事件が発覚し、厳しい不正防止対策が求められるようになったことも、負担増に拍車を掛けました。
――今回の共同実施に向けた動きは、負担軽減を求める地方側の要請によるものと考えればいいのでしょうか。
多くの自治体が採用試験に関する負担の軽減を求めていることは間違いありません。実際、教職員支援機構が18年に実施したアンケートの結果からも、そうした実態が垣間見えます。また、かつては「都道府県ごとに採用試験の難易度がバラバラなのは問題だ」という声が地方から上がったこともあります。
一方、国側からのトップダウンの動きもあることに留意する必要があります。10年代に入ってからは、教員養成の段階で、教員に共通して求められる資質能力を身に付けてもらうことを目的とした「教職課程コアカリキュラム」が導入されました。コアカリキュラムについて議論した専門家会議の議事録を見ると、採用試験を共同で実施するという発想は、この会議の影響を受けた面もあるように見えます。
――共同実施に向けた課題はどのあたりにあると考えていますか。
教職員支援機構の18年のアンケートでは、教員採用試験の共同実施や試験問題の共通化を求める自治体が多数派を占める一方、自由記述欄を見ると、「都道府県の特色を生かした独自の出題がやりにくくなる」「画一的な施策とならないように配慮してもらいたい」といった慎重論も出ていました。都道府県や政令市が地域のニーズに合った人材を採用するため、それぞれ工夫を重ねながら取り組んできた歴史があり、こうした積み上げを重視する自治体が一定程度あるのだと思います。今後議論を進めていく上では、こうした声にも配慮する必要があるのではないでしょうか。