第10回 教育の仕事は専門職である

第10回 教育の仕事は専門職である
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 本連載を通して、非正規教員問題は非正規教員だけの問題では決してなく、教員全体の労働条件の低下を惹起し、子どもたちの学習権に大きな影響を及ぼすことから、公教育全体の問題として引き受けなければならないことを示してきた。そこで最終回では、そもそも教職・教師とは何かについて考えていきたい。

 私たちは、つい「非正規」教員と表現してしまうが故に、(無自覚的にも)「正規化」を最終的な目的に置いてしまう。要するに、正規ではない(=「非」正規)のだから、正規にしなければならないと考えがちである。無論、非正規教員という雇用形態は原則としてなくしていくべきであり、その目指すべきベクトルとしての「正規化」は極めて重要である。

 しかし、今日の教職状況を俯瞰してみれば、正規教員の労働環境もまた悪化の一途をたどっている。これを踏まえると、非正規→正規という筋道だけにとどまらず、その延長線上としての「教職(教師)の仕事・働き方」自体の問題性に目を向けなければならない。つまり、非正規教員問題とは、究極的には「教職の役割とは何か」や「その役割にふさわしい身分・待遇はどうか」といった議論(いわば「教職の専門職性」)に接続させる必要があると言える。

 兼子仁が『教育法(新版)』(1978年、有斐閣)で指摘している通り、労働条件の劣悪さを超人的努力でカバーしようとするのは王道ではなく、教職が持つ崇高な使命と職責の重要性があるからこそ、教員の労働条件や身分保障は高くなければならない(p.328)。しかし、これまで政策立案レベルにおいて「専門職」という言葉で語られるその中身には、「何でも屋」としての教職の姿が見え隠れしている。かなり踏み込みながら換言すれば、「専門職」という概念は、今やその名の下で多くの「〇〇教育」(近年では、プログラミング教育から金融経済教育まで)を教員一人一人に抱え込ませ、労働条件などを改善することなく時間外労働を推進する概念と化しているように見受けられる。そして、そこに非正規教員が充てられることも少なくない。

 今後は、本来の意味での「教職の専門職性」の議論を展開していくことも重要だが、同時に学校現場で日々奮闘している全ての教員一人一人が学習権保障に責任を持つ「専門職」だと(再)自覚することが欠かせない。この立場に立てば、「教職=専門職たる仕事(profession)」は身分や待遇の安定的な確保が大前提であるから、「非正規という不安定な身分・待遇で働かせることはおかしい」と教職員全体が違和感を持つ契機となり、正規/非正規の分断を乗り越えることもできるかもしれない。

 ここまで深刻化している非正規教員問題やそれに連なる問題群の解消は、一朝一夕には達成しない。だからこそ、多くのアクターの連帯の下、「教職・教師とは何か」について本質的な議論を展開し、その土台の上で非正規教員問題が解決することを願う。(おわり)

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