部活動が段階的に地域移行され始めて約1年4カ月、地域差はあるが全国的に取り組みが前進する中、「教員に新たな負担が生じた」「費用負担のため参加できなくなった子がいる」といった問題を指摘する声も上がっている。地域移行に関連した課題の克服に向け、学校や自治体はどのような策を講じているか。取材した。
23年度から地域移行の実証事業をスタートさせた千葉市。同市はそれに先立ち、部活動指導の実情を把握するため全市立中学校を対象に調査を実施した。その結果、校長と事務職員を除いた全教員1446人のうち、93%に当たる1340人が何らかの部活動の顧問・副顧問として活動しており、その中で、中・高・大学で経験があるなどその部活動に専門性を有している割合が、運動部で53.2%、文化部で41.4%にとどまることが明らかになった。
種目別に見ると、運動部で最も高いのは「野球」の78.2%、反対に最も低いのは「卓球」で25.6%だった。文化部では、最も高い「吹奏楽」で60.0%、最も低い「茶道」で12.5%だった。
同市は運動部・文化部のいずれについても、「専門性がない教員は、一から技術やルールを把握し、指導方法を学ばなくてはならず、顧問の負担感が大きくなる要因になっている」と指摘。同じく市が実施した部活動指導に対する負担感を問う調査で、「負担感を感じている」という回答が、部活動ガイドラインを市で定めた18年度以降減少したものの、22年度から増加に転じ、23年度には43.7%とガイドライン制定後で最も高い数値になったとして、「(こうした負担感にかかわらず)指導への対価は、平日については勤務終了後でも無報酬、土日の活動については1回の指導で2700円の報酬となっており、教員の熱意・頑張りによって運営されているのが現状だ」と問題提起した。
こうした結果を踏まえ、同市は23年10月から今年2月まで、18校26部活動を対象に地域移行の実証事業を実施。「指導を地域のスポーツ団体へ委託する」「複数校の生徒が参加する合同部活動に地域指導者を派遣する」といった取り組みをして、同市の実情に合った地域移行の在り方を検証してきた。
実証を終えた翌月の3月には、地域移行の効果を測るアンケート調査を、顧問教員や参加生徒・保護者らを対象に実施。この調査結果によると、まず顧問教員で「満足」と回答したの は70%、「あまり満足していない」「不満足」と回答したのは合わせて30%だった。不満足の背景として、自由記述欄に「顧問と指導者の間での連絡がうまくいかず、予定していた練習試合に指導者が来ないことがあった」「土日の練習試合を現段階では顧問が設定しなければならず、連絡調整や試合の案内を地域移行することの難しさを感じている」などとあり、連絡調整に関連する負担感を教員が地域移行に抱いている様子がうかがえた。
他に、「地域クラブの出欠のとり方が不十分で、安全面で不安だった」「メール登録が必要だが、その指示が遅く登録できていない家庭があった」「指導方法や生徒対応の差が大きく、生徒から不満の声が上がった」など、指導者の対応の向上を求める訴えもあった。
部活動の地域移行では、まだまだ教員の新たな負担や悩みが生じる可能性がありそうだ。この教員の負担軽減を実現させるべく、地域移行を全ての部活動について、しかも休日だけではなく平日までも実施した学校がある。茨城県つくば市立みどりの学園義務教育学校だ。今年度当初にスタートしたこの取り組みは、部活動地域移行の「完全実施版」と言っていいのではないか。
この完全移行を支えるのは、同校の地域クラブを運営する筑波大学発のベンチャー企業「エンボス企画」だ。同校は経産省の「未来のブカツ」実証事業に22年度採択されており、その際に連携が決まった同社が「みどりのスポーツ&カルチャークラブ」を開設して同年9月から運営に着手していた。同社は元なでしこリーガーやVリーグの元コーチといった専門的な指導者の確保や、連絡・集金などの事務的業務を担い、みどりの学園とも密に連携しているという。
同クラブにかかる費用は受益者負担だ。参加者は毎月3850円を納めており、そこから指導者への報酬が支払われる。この報酬は、全国的な平均と比べて高い金額だという。質の高い指導者を持続的に確保するための策だと言えよう。
完全移行で教員の働き方はどのように変容したか。同校の中村めぐみ教頭は「放課後の職員室に、中学校の先生方の姿が見られるようになった」と語る。
「平日の、これまでは部活動に従事していた午後4~7時の時間帯に、先生方が職員室や教室で、教材研究や学級の仕事をすることができるようになった」と言い、教員は「これまではテストの採点などは部活動終了後でなければできなかったが、勤務時間の中でできるようになった」と話しているという。
もちろん、「部活動指導をしたい」という教員の熱意を否定するわけではない。希望する教員は市に兼職願を出してクラブと契約すれば指導に携わることができ、他の指導者と同等の待遇が受けられるという。指導日は校務に支障がないよう休日が中心となる。
目下の課題は、生徒の移動における安全の確保だと中村教頭は話す。同校は18年に開校して以来、児童生徒数の増加が著しく、教室数が不足したことから24年度に学校の一部を分離し、「みどりの南小学校」「みどりの南中学校」を新設したという経緯がある。クラブの活動はみどりの学園とみどりの南中学校の2校にまたがることになるため、移動を要する生徒がいるのだという。
今後の展望について、中村教頭は「部活動の地域移行をきっかけに、放課後のスポーツやカルチャーの提供の場面がより多様に、よりクリエーティブになって、いろいろなチャレンジができる場になれば」と語る。今年度始まった完全移行で、教員の働き方改革にも生徒の精力的な取り組みにも手応えを感じているようだ。
みどりの学園と異なる視点で、地域移行の持続的な発展に向け新たな仕組みづくりをする自治体に、東京都日野市がある。同市が部活動の延長・代替ではない「新しいスポーツの選択肢」として、23年1月に「ひのスポ」を始動させた(参照記事: 部活動以外の新しい選択肢「ひのスポ」 東京都日野市で始動)。社会教育センターなどと協力して実施する文化的な取り組み「ひのカル」もある。
同市が今年度新たに取り組みを始めたのは、ひのスポ・ひのカルの「給付型奨学金」だ。指導者への報酬については、同市は基本的に公費でまかなっている。国や都の補助もあるとはいえ段階的に減っている中で、報酬を公費で完結できるよう、予算を確保しているという。
ただ、地域クラブでの活動にかかる費用には、保険の加入代金もある。ここで活用されるのが奨学金で、市立小中学校に通う就学援助制度受給世帯の児童生徒を対象に、毎回の保険代として徴収される800円を支給するのだ。
加えて同市は、民間団体が運営するプログラムに中学生が参加できる制度も取り入れている。剣道やトランポリン、ドラム、書道などがあり、民間によるものであるため費用も月6000円など比較的高額だ。こうしたプログラムについては、奨学金が月7000円を上限として支給される。月5390円の剣道と月1760円のトランポリンなら、同じ月に2つとも参加しても、7000円が支給されるので手出しは150円で済むことになる。
千葉市が今年3月に実施した地域移行の効果を測る調査でも、27.5%の保護者が「無償が望ましい・費用負担はできない」と回答している。地域移行による費用負担は難しい問題だが、日野市は解決の糸口を見いだそうとしている。
日野市教育委員会の前田健太統括指導主事によれば、これらの奨学金には市の予算だけでなく、民間企業からの寄付も活用されているという。子どもの機会均等をという市の考えに賛同する企業を募り、資金の一部にしているのだ。
費用確保のためのこうした尽力もあり、地域移行した活動への参加生徒は増え続けているという。7月20日に今年度最初の活動があった卓球でも、体育館のフロア全面に設営された12台の卓球台が、各校のウェアを着た生徒で埋め尽くされていた。申し込み者数は定員に達したという。
指導にあたったのは市内に本社がある日野自動車株式会社の社員で、同社卓球部の監督を務める小鷹好夫さんだ。初回ということでこの日は市教委の担当者が活動に立ち会ったが、通常は市が業務委託した企業と地域の指導者のみで運営される。市教委の担当者は教育新聞の取材に、「先生方の負担を軽減しながら、子どもたちがさまざまな経験を重ねる機会を保障できるよう、行政としてできる努力を精いっぱい続けていく」と意気込みを語る。
千葉市でも、新たな仕掛けを次々と取り入れている。例えば教員の負担感につながっていた保護者との連絡については、7月9日、業務効率化につながるアプリを導入すると発表した。これは部活動やスポーツクラブなどを運営管理するためのDXプラットフォームサービスで、保護者とのやりとりやスケジュール共有、入会申し込み、費用の徴収などがオンラインでできる仕組みだ。
スマホがないなどでアプリを利用できない家庭へは、登録したメールアドレスに自動で連絡される。同市ではすでにこのアプリの利用が始まっており、保護者から「欠席連絡がしやすくなった」と好評を得ているという。
同市が進める実証事業にこのアプリを提供するスポーツテック企業のユーフォリアは、教育新聞の取材に「これからの部活動をできる限りサポートしたい」と語る。「それぞれの自治体で学校数や指導者の数、スポーツクラブの有無などが異なり、地域固有の課題もある。どの自治体もモデルにできるような地域移行の『型』がない中で、部活動自体をなくしてしまう自治体もあると聞く」とした上で、「部活動は心身ともに健全な育成を促すもの。なくさないために、どのような形でも進められるようお手伝いしたい」と話す。
同じアプリが採択されている長崎県長与町では、指導者の多くを兼職兼業の教員が担っているといい、活用する教員から「連絡した内容について、保護者が未読なのか既読なのかが一目で分かるので助かる」という声が寄せられているという。
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今回は主に、教員の負担軽減と費用に関する問題の解決について伝えたが、部活動地域移行の大きな課題といえば、やはり質の高い指導者と指導環境の確保だろう。㊦では、これらの課題の克服に向け、新たな取り組みをする自治体や学校についてお伝えする。