歴史を知ることは、今ある現象を理解する助けになります。そこで今回は、日本の教員のメンタルヘルスの歴史をひも解いてみましょう。
文部科学省による「公立学校教職員の人事行政状況調査」によれば、1985年度の在職者に占める精神疾患による病気休職者の割合は0.1%でした。しかし、2022年度には0.71%に上り、この40年近くの間に7倍も増加しました。増加に転じた1990年代の歴史はその理由を教えてくれます。
精神疾患と診断された人が増えたのは、教員に限ったことではありません。日本では1990年代を境にうつ病を含む「気分障害」と診断された人の数が増加しました。バブル経済が崩壊した1991年、長時間労働による過労、使用者の安全配慮義務違反による被雇用者の自殺が初めて認定されました。これを機に、雇う人と雇われる人は、労働と過労やうつ病の関連性を認識することになります。この出来事は働く人の疲れが精神疾患と診断されやすくなるきっかけになりました。
1999年、新しい抗うつ薬が発売されました。日本ではそれまで「理由のある悲しみ」は正常な反応であり、精神科医療の対象ではありませんでした。抗うつ薬販売元の製薬会社はこうした日本の状況は新たな市場になると考え、「理由のある悲しみ」は疾病であり、うつ病だから治療すべきだという「こころの風邪」キャンペーンを展開しました。
人々と精神医療従事者はこうしたマーケティング戦略の影響を受け、うつ病や適応障害と診断される人の数が増加しました。教員の精神疾患による病気休職者の割合が増加する屈曲点は、この時期と一致します。こうした社会や精神科医療の変化も、教員のメンタルヘルス不調者が増加した理由の一つと言えるでしょう。
精神疾患と診断される人の数が増える理由は、社会的には高齢化、核家族化、非正規雇用の増加など数多くあります。しかし、今回述べたような、うつ病と診断されやすくなる社会と精神科医療の変化も理由の一つと言えます。
精神科医療は、働く人の苦しみの理由が明らかに労働環境にあっても「病気」として診断し、薬物療法でなんとかしようとしてしまいがちです。教員のメンタルヘルス支援において、不調になっても精神科医療機関を急いで受診せず、学校という労働環境とこころ、身体のことをよく知る教育委員会の保健師に相談することを私が勧めるのは、精神科医療にあるこうした課題が解決されていないためなのです。