前回は、対話の4つのモードについてお話ししました。私たちは「対話」と聞くと、「話す」ことを意識しがちですが、実は「聴く」ことがとても大事です。私たちは自分の判断基準、社会の価値基準をもとに相手の意見を判断しながら聞く「評価的な聞き方」や、情報収集のための「分析的な聞き方」をしています。対話を実践するためには、前提や評価・判断を保留し、聴き、話すことが不可欠なのです。
対話の実践にはさまざまな方法がありますが、今回ご紹介するのは米国の心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグが提唱する「共感的コミュニケーション(Non-violent Communication:以下NVC)」という手法です。
私たちは揺るぎない事実について話しているようでいて、実は目の前の出来事について、無意識に自分の価値観に基づいて評価・判断した結果を伝えています。例えば、授業中に生徒が立ち歩いている姿を見て、「A君はいつもそうだから」と断定して「席に着きなさい!」と怒鳴ってしまうようなケースです。実はA君は友達の落とし物を拾ってあげただけなのですが、怒鳴られたことで先生を信頼しなくなるかもしれません。先生は授業をきちんと進めたかっただけなのですが、その想いは伝わらないまま、2人の関係は悪化してしまう可能性があります。
NVCでは、①状況を観察する(観察:Observations)②状況に対して自分が感じていることを伝える(感情:Feelings)③自分が求める「こうあってほしい」という状態や大切にしていることを伝える(願い:Needs)④具体的な要求を伝える(要求:Requests)――の4つのプロセスでコミュニケーションします(図)。先ほどのA君の例では、いきなり怒鳴るのではなく、A君の行動を迷惑行動と断定せず、「授業中に立ち歩かれると先生、困るんだ。みんなが落ち着いて授業を聞けるようにしたいから、席を立つ前に手を挙げて教えてくれるかな?」という伝え方になるでしょうか。先ほどと比較すると、どんな違いがあるでしょうか。
対話のポイントは「評価・判断を保留すること」ですが、自分の内面にある前提や価値観は保留する前に、無意識のうちに駆動されてしまいます。NVCでは、自分の感情や気持ちをシグナルとして自分の想定に気付くことを促すため、それを保留できるようになります。評価や判断をせず、「なぜそういう行動を取るのか」「どうしたら理解できるのか」という姿勢で聞き、伝えようとするため、自然に心理的安全性の高い状態が生まれます。
次回は、学校の社会関係資本や心理的安全性を意図的に作り出す上で重要な役割を担う、リーダーシップについてお話ししたいと思います。
参考文献:マーシャル・B・ローゼンバーグ著, 安納献監修・小川敏子訳(2018)『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版』日本経済新聞出版.