BPSモデルを活用する利点は、生物学的要因、心理学的要因、社会的要因の3つをトータルに見て、児童生徒理解の幅を広げることにあります。今回は「聴覚情報処理障害(APD)」を取り上げます。「聴覚情報処理障害」は「聴覚障害」と異なり、音それ自体は聞こえているものの、そこから必要な情報を取り出すなどの処理がしづらい状態を指します。
例えば、たくさんの人が参加している「立食パーティー」を想像してみてください。コロナ禍でしばらく遠ざかっているかもしれませんが、ザワザワした中でも目の前にいる人と不自由なく会話ができます。つまり、複数の音が混ざっていても、その中から聞きたい音を拾うことができるわけです。これを心理学では「カクテルパーティー効果」と呼んでいます。
しかしながら、こうした状況下での聞き取りが困難な「聴覚情報処理障害」の人が一定数います。例えば、パーティーのテーブル上にICレコーダーを置いて録音すると、おそらく周囲の雑音が全部拾われていて、会話だけを拾って聞くのは難しくなります。
日常全ての音がこのように聞こえたら、学校生活はどうなるでしょうか。教室は授業中を含めて多様な「音」にあふれています。近年は、小集団での話し合いを伴う協働学習など、いわゆるアクティブ・ラーニングの機会も増えました。故に、近くの班の話し声が入ってきて、自分の班の話し合いに参加しづらいような場面が生じている可能性があります。
この連載の合言葉は「バイオ・サイコ・ソーシャル」です。「聴覚情報処理障害」それ自体は主に生物学的要因と言えますが、そのことに教師をはじめ周囲が気付かず、合理的配慮を提供できていないとしたら社会的要因です。その結果、学習についていけず意欲を失って不登校に至っているとしたら心理学的要因になります。
しかし、不登校の背景に「無気力」しか見えていないのであれば、必要な支援にはつながりません。研究により幅はありますが、人口の0.5~1%、中には2%程度以上が「聴覚情報処理障害」に該当するという見方もあります。社会的な認知度が高くないことから実際にはもっと多いとも考えられ、どのクラスにも1人以上いると想像する必要があります。
近年は研究も進み、大阪公立大学の阪本浩一准教授(当時)のグループが「LiD(聞き取り困難症)/APD(聴覚情報処理障害)診断と支援の手引(2024 第一版)」を作成・公表しています。雑音源からの距離確保や情報の視覚化による環境調整、インカムなどの機器使用といった対策と支援の例もまとめられています。まさに多職種連携・協働が期待される分野と言えます。