第5回、第6回に続き、3回連続で「エピジェネティクス」に着目します。前回は小児慢性疲労症候群という生物学的要因と、その背景として小児期逆境体験という社会的要因が想定されることを取り上げました。今回は、関連して「愛着障害」を切り口としながら、見立てを踏まえた具体的な対応例まで考えてみます。
21世紀に入る頃から「キレる子ども」が注目されるようになりました。現在では背景として、愛着に課題があることを想定する専門家が多いと思います。この分野も研究途上にあり、軽々しく断言しづらいところがありますが、メカニズムの一部にはエピジェネティクスが関わっていると考えられます。
一説には、人は暴言虐待(社会的要因)を受け続けると脳の聴覚野が膨張し、刺激が神経全体に伝達されるようになり(生物学的要因)、わずかな刺激でも興奮しやすくなる(心理学的要因)という指摘があります。興奮により体力を消耗しますので、「キレた」後には動くことができないほど疲れてしまい、学習意欲の低下などの心理学的要因として現れることも考えられます。
ここで対応上のポイントになるのは、わずかな刺激でも興奮しやすいという特徴です。表面上は心理学的要因に見えるのですが、本質的には脳の神経伝達という点で生物学的要因です。故に「キレるな!」と大声で叱りつけても火に油を注ぐだけになります。
この連載の合言葉「バイオ・サイコ・ソーシャル」を唱えながら、生物学的要因の特徴に合わせた対応が必要だと見立てるのが第一歩になります。そして、愛着障害などに対応する専門家の中では、「CCQ」という関わり方を安全策として取り入れているところがあります。
「CCQ」とは、穏やかに(Calm)、近づいて(Close)、静かに(Quiet)の頭文字です。刺激に敏感な子どもに指導をする必要がある場合、この関わり方だけで解決するわけではないとしても、不必要な興奮を引き起こす確率は下げられるはずです。
学校の集団指導場面などでは、「CCQ」とは真逆に、激しく、遠くから、大声で「そこで何やってるんだ!」と叱責(しっせき)が飛ぶようなことが、(これまでは)しばしば見られてきたように思います。叱られた児童生徒は何とも思っていないとしても、その隣にいる児童生徒にとってはトラウマを想起させられる刺激になっているかもしれません。
敏感な子どもに「CCQ」をベースに専門施設で関わりながら、2?3年すると落ち着いてくると話す専門家もいます。この2?3年という期間は、もしかしたらエピジェネティクスによって安心できる新たな環境に、生物学的に再適応するために要する時間なのかもしれません。