私たちは言葉を頼りに生きています。言葉を用いて世界を理解し、考え、自分の意思を表現しようとします。また、他者と言葉を交わし、互いの想いや考えを知り、応答しながら意思疎通を図ります。
言葉を介したコミュニケーションが当たり前になった私たちにとって、言葉のない世界を想像することは容易ではありません。言葉は私たちの見方・考え方を形成するもの、他者とのつながりを構築するものであり、人間にとって不可欠なツールだと言えます。
しかしながら、言葉は世界を捉えるフレームとなり、人々の見方・考え方を方向付けることもあります。凝り固まった考え、偏った理解や評価、ステレオタイプなど、固定観念も生み出します。そこで、私たちは言葉をツールとして使うだけでなく、その意味を問い直し、時に言葉が構築するフレームを揺さぶる必要があります。「p4c」が大切にする対話は、まさにそうした揺さぶりを起こすコミュニケーションです。
対話は、英語で「dialogue」と言いますが、その語源は言葉(logos)を介して(dia)というギリシア語です。ただし、言葉を介してコミュニケーションを図れば対話が成立するわけではありません。「対話的マインドセット」が必要です。このマインドセットにおいて重視されることは、「自分の解釈を留保する」こと、すなわち自分の見方・考え方を横に置いて、異なる声に耳を傾けていくことです。
自分の解釈を留保することは、とても難しいことです。なぜなら、誰かと意見を交わすとき、私たちは相手の考えを自分なりの視点で解釈し、評価してしまうことが多いからです。賛同できない意見と出合うと、自分の見方の正当性を示そうとしたり、時には相手を理解しようとすることさえやめてしまったりします。もちろん、他者と意見を交わす中で、自分のスタンスをはっきりと伝えなければならない場面もあるでしょう。
しかし、そうする前に一度立ち止まり、自分の解釈を留保し、他の人が語ることに真摯(しんし)に耳を傾けていく。対話においては、異なる視点を持つ他者を理解しようとするマインドセットが必要なのです。自分の解釈を留保できなければ、「考える余地」は生まれませんし、言葉の海を泳ぎながら哲学する可能性も消えてしまいます。思考を停止させるようなヘイトスピーチやポピュリズムが課題となっている現代社会において、対話的マインドセットはますます重要になっています。
これまで10回にわたって「p4c」という教育について紹介してきました。手法的特徴や教科への生かし方、学級・学校づくりの事例など、さまざまな視点からその可能性を見てきました。どのような形で「p4c」を取り入れるにせよ、対話的マインドセットの大切さを意識することが重要です。そうした思考が育まれることで、他者と対話すること、そして共に考えることの意味を、私たちは深く理解できるようになるのです。(おわり)