本連載はここまで、主に「ブラック企業」や「ブラックバイト」に対する労働者の被害予防や権利救済という視点で、ワークルール教育について説明してきた。しかし、こうした視点に対し、「労働者側に偏っているのでは?」と指摘を受けることもある。中立さが求められ、就職活動支援にも関わる学校関係者にとって重要な指摘だろう。
しかし、ワークルール教育で労働者の被害予防や権利救済について学ぶことは、子どもたちが使用者側の立場で活動するときにも大いに役立つ。経営者は、目先の経済的利益を追求しがちで、違法な手法でも労働法を無視した働かせ方を労働者に強いてしまうこともある。労働法の知識を学ぶ機会がなかったのか、裁判所や労働基準監督署に呼び出されても、「うちの会社には有休なんてない!」などと、愚かな発言をしてしまう経営者も実在する(労基法は最低基準のルールだから、経営者の意向で適用排除はできないというのが基礎的知識)。こういった使用者の対応は、目先の利益追求には役立っても、中長期的な企業経営の観点からは極めて大きなリスクだ。
違法行為を前提にする企業経営は、一時的には利益を上げても会社の人材が食いつぶされてしまい、中長期的には経営は破綻する。人手不足の現代では、人材不足で経営が破綻することもあるし、過労死などの重大な問題を引き起こし報道などされたら、極めて大きな経営上のリスクとなる。実際、労働側の立場から数多くそういった事案にも立ち会ってきた。
ワークルールの知識としては、労働法を守らない使用者は公正な競争原理を逸脱しているという視点も重要だ。一部経営者が労働法を守らねば、厳しい価格競争にさらされている同業他社は、不公正な競争を強いられる。数銭単位のコスト削減でしのぎを削るビジネスの世界で、残業代不払いなどは安易なコスト削減策になる。とはいえ、そんな違法行為で人件費削減を行う「ブラック企業」と、労働法を順守する真面目な企業が不当な競争を強いられて駆逐され、「ブラック企業」が跋扈(ばっこ)してしまう。
私がワークルール教育の講師を担当する際は、報道された担当事件なども取り上げる。企業イメージ低下を含め労働法を守らぬ経営上のリスクを伝え、経営者にとっても労働法を守ることの重要性について理解を深めてもらう。このように、ワークルール教育は、将来労働者と使用者いずれの立場でも、子どもたちに役立つのだ。