【シティズンシップ教育の可能性(5)】「考え、議論する道徳」との関係

【シティズンシップ教育の可能性(5)】「考え、議論する道徳」との関係
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 「特別の教科 道徳」(以下「道徳科」)は、2020年度から始まる新学習指導要領に先立ち、小学校では18年度、中学校では19年度から実施されている。「道徳科」は、これまでの「道徳の時間」にあった道徳的諸価値(徳目)の心情的な注入主義を改め、児童生徒がそれら諸価値について自ら「考え、議論する」ことを重視した点に特徴がある。これは、新学習指導要領が掲げる「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」の三つからなる資質・能力の育成や「主体的・対話的で深い学び」と重なるものである。

 シティズンシップ教育においても、市民社会や国民国家の成員にふさわしい市民的資質として、公正、正義、平等、寛容、包摂、平和、安全、多様性、持続性、自由、責任などがあり、これら普遍的な諸価値について、批判的に考えたり議論したりすることを重視している(図)。

 このように、近接しつつある「道徳科」とシティズンシップ教育だが、日本の道徳教育には克服すべき課題も多い。

 一つ目は、「道徳科」の教科書が従来の道徳教材(例えば文科省発行の「心のノート」や「私たちの道徳」など)から大きな変化がなく、徳目に関する主人公の行為や気持ちについて話し合う心情主義から脱却できていないことである。

 二つ目は、徳目主義が抜けず、道徳的諸価値と社会的・科学的知識とが分断されていることである。換言すれば、社会科や理科、家庭科などの他教科とのカリキュラム・マネジメントの可能性が乏しい点である。これら二つについては、シティズンシップ教育が目指すところの、市民の権利と責任や、社会的な参画に伴う普遍的な価値とその吟味(討論や熟議、哲学的思考)が参考になる。

 三つ目は、教室の中の同質性を暗黙の前提にしていることである。今の教室には、外国にルーツを持つ子供、障害のある子供、LGBTのアイデンティティーを持つ子供など、多様な「物語」を持つ児童生徒がいる。

 これからの道徳科においては、シティズンシップ教育に立脚し、教科書の「物語」だけでは決して捉えきれない、多様性のある教室や子供の現実、子供の日常の生活からの問いや意見表明などを踏まえることが求められる。その上で、他者の視点やアイデンティティーの共有を目指す「対話」や「考える空間」が一層重要になる。

【プロフィール】

藤原孝章(ふじわら・たかあき) 同志社女子大学特任教授。専門は社会科教育、国際理解/グローバル教育。著書に『グローバル教育の内容編成に関する研究』(風間書房)、『18歳成人社会ハンドブック 制度改革と教育の課題』(明石書店、共著)、『SDGsカリキュラムの創造 ESDから広がる持続可能な未来』(学文社、共編著)など。

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