教育と福祉の充実で知られる北欧。その中でもデンマークは独自の歴史と文化を持ち、「フォルケオプリュスニング(Folke oplysning)」と呼ばれる民衆教育の伝統がある国です。民衆教育には、以下のような特徴があります。
これらは「伝統的な学校教育」へのアンチテーゼです。つまり、権力・権威のある人から手渡される知識や価値観を素直に吸収し、教師が決めたことに従うのではなく、一人一人の生活者が、実感の伴った生きた言葉で語り合い、学ぶことそのものを共に楽しみ、一緒に生きるための知恵を創造していく。そんな生きる喜びにつながる教育が大切にされています。
その文化をつくったと言われるのが、100年以上前から存在している「フォルケホイスコーレ(民衆の大学)」という独自の成人教育機関です。寄宿舎制で、18歳以上であればいつでも誰でも入学することができます。共に歌を歌ったり、食事をしたり、語り合ったり、体験したりすることが大切にされ、学生たちは「本の中の文字」からではなく互いに生きた言葉で対話することを通して学び合い、他者と共生しながら自分らしく生きる道を見つけていきます。
また、一切の試験がなく、ここを卒業したからといって何か資格が付与されるわけではありません。つまり就職に有利でもなく、キャリアアップにもつながらない。日本の感覚で言えば、「なぜ、そこへ学びに行くの?」と思ってしまうような場所かもしれません。にもかかわらず、デンマークには「フォルケ」という学び場が存在している。そこには、「学びとは、QOL(生きることの質)に関わる営みなのだ」という認識があるように思うのです。この「フォルケ」の教育理念は、今日までデンマークの義務教育段階の学校教育にも大きな影響を与えてきました。
昨今、そんなのどかな文化が息づくデンマークにも、いわゆる「反ゆとり」路線、PISAなどによる国家間の学力ランキングを意識した教育改革の流れがあります。2014年にはナショナルカリキュラムが改定され、授業時数が大幅に増加しました。その結果、PISAのスコアは改善し、一定の成果を上げた一方で、現場ではゆとりが失われ、教師や子どものストレスが高まっているとも言われています。従来大事にされてきたことと、成果を目指す教育改革の流れが、拮抗しながら併存している状況。これは、内実の差こそあれ、日本とも重なるところがあるのではないでしょうか。
武田緑(たけだ・みどり)Demo代表・教育ファシリテーター。民主的な学び・教育を日本中に広げることをミッションとして、教育関係者向けの研修の企画運営、現場の課題解決のための伴走サポート、教材やツールの開発・提案、キャンペーンづくりなどに取り組んでいる。シティズンシップ教育、人権教育、オルタナティブ教育、教育と福祉の連携、子どもの参画、ファシリテーションなどが専門分野。