昨年末、大学入学共通テストへの記述式問題の導入や英語の民間試験の活用の方針が暗礁に乗り上げるなど、大学入試を巡る動きが迷走していた。
昨年下半期の授業で私は、教育格差の問題を扱っていた。ちょうどその時に、萩生田光一文科相による「身の丈」発言があり、その発言を捉えた生徒の要望から、大学入試改革の是非についても単元の中で扱うこととなった。
ただ、当事者でもある生徒にとって「身の丈」発言は当初から違和感を抱くものだったため、感情的な意見が多く見られた。そこで、情報を公平に取り扱う練習として、大学入試改革の根拠となる考えを理解する過程を重視することとした。具体的には、国際的な学力調査のPISAやTIMSSの結果を分析した上で、教育再生実行会議の報告書や中央教育審議会の答申を読み、大学入試改革が必要とされる背景を理解するワークを積み重ねた。
授業で使用したワークシートには、次の三つの記述欄を設けておいた。
①報告や答申の文章を抜粋する欄
②①で抜粋した文章の執筆者に「変身」して、本音ベースで内容を書き直す欄
③①と③で分析した内容について、自分の評価(意見)を書く欄
これは「変身する分析」と呼ばれる方法だ。自分の考えを脇に置いて、当事者に「変身」する①②の分析過程を重視する。
背景には、ラス&ハーミンによる「価値の明確化」という発想がある。これは、結論ありきの道徳の授業を回避するために提案された方法で、事実認識→概念化→価値判断という順で思考を整理する方法だ。私はこれに「変身」という視点を導入することで、より多視座化・多声化した議論を目指している。
実際に、このワークを行ったことによって、当初は感情的に反対の意見を述べていた生徒たちも、「大学入試改革にも一理あることが分かった」と理解を示すようになった。
続いて、英語の民間試験の導入と記述式問題の導入に関しても、同様の「変身する分析」を行った。このように、上記テーマに関する肯定・否定の根拠を集めた上で、2人組のペアでミニ・ディベートを3回行ってこの議論を終えた。
社会課題を教材化する際は、情報を公平に取り扱うことが重要となる。この授業では、生徒が答申や報告書を読み込んだことによって、思い込みや感情論によるバイアスを補正して議論することができた。賛否いずれの論理も理解した上で、最終的にどう判断するかは、生徒の自由である。このように、方法論やアプローチさえ正しいものであれば、どのような話題でも言語活動の教材にすることができる。