【北欧の教育最前線】スウェーデン・キルナ 町ごとの引っ越しと学校

 スウェーデン最北の都市キルナでは、大規模な引っ越しが始まっている。この街は鉄鉱山で有名だが、長年の採掘によって中心街が沈下し、住めなくなってしまった。そのため、現在の市街地から3キロメートルほど東に、約6000人の住民を転居させる。これは市の人口の約3分の1に相当するが、市役所や教会、学校や商店などの中心的な機能が移転されるため、ほとんどの市民が影響を受ける。移転計画は2004年に初めて公表されたが、少なくとも2035年までかかる予定だ。

沈みゆく校舎
キルナの鉄鉱山と移転対象地区(Arild Vagen撮影)

 キルナ市の中心部にある高校では、床や壁に大きな亀裂が入り、いよいよ生活に支障が出てきた。当初の予想よりも早いペースで危険が迫っている。教員たちは、生徒が安心して過ごせるように、学校の移転を早めるよう求めているが、移転を管理する担当者は計画を変更するつもりはないと話す。一方、別の学校では、外国の背景を持つ子供たちの語学授業に使っていた校舎と体育館を予定よりも早く閉鎖し、新しい市街地に機能を移転すると発表した。

 移転には賛否両論がある。思い出の場所を離れるのを残念がる声は多い。しかし、この街は鉄鉱山とともに歩んできた歴史を持ち、多くの住民が鉱山と関わる仕事をしてきたため、移転を受け入れている家庭も多い。移転の費用を国営の鉱山会社LKABが全額負担するという条件も魅力的だ。住民は、今住んでいる家の評価額に基づいて、新しい市街地に新築の住居が用意される。また、移転先を気に入らない人は、評価額に25%を上乗せした金額で家を買い取ってもらえる。LKABはこれまでに113億クローナ(約1400億円)を支払い、今後さらに170億クローナ(約2100億円)の弁償を見込んでいる。

サーメの悲劇

 都市移転で懸念されるのが先住民族サーメの暮らしへの影響だ。キルナにはサーメ学校が2つあり、サーメが暮らしている。トナカイの遊牧を中心とする彼らの生活では、土地とのつながりが密接で、空間は文化そのものといえる。そのため、都市化された人々が身軽に移転するのに対して、サーメの人たちは伝統的に住んでいた土地を離れることへのためらいが強い。

 スウェーデンにある鉄鉱山のほとんどはサーメが暮らす地域にあり、鉱山開発は彼らの生活を脅かしてきたが、これまで繰り返されてきた侵略と同じように、今回もまた、犠牲を受け入れるしかない立場に置かれている。

未来都市への期待
新築の市役所やホテル(キルナ市役所提供)

 新しい市街地では最初の区画が完成し、市役所や会議場、ホテルや住宅などが竣工した。昨年6月には最初の住民たちが入居し、いよいよ本格的な移転が始まった。今年から来年にかけて次々に街区が完成し、プリスクールや基礎学校の移転も始まる予定だ。

 完成間近のプールや高校は、環境に配慮した最先端の建物群になる。エネルギー効率を高め、住民のニーズが変わった場合にも柔軟に機能を変更できるような設計になっている。新市街のメインストリートは歩行者専用道路になり、自転車道が縦横に通る。1階は店舗として、上層階はオフィスや住居として使う複合施設ができ、住居の周りにはベンチやウッドデッキなどのリラックスできる公共空間が用意される。

 こうした未来的なモデル都市への住民の期待は大きい。

フィールド実験として見るキルナ

 開拓や災害、戦争や迫害による集団移住という事例はこれまでもあったが、任意で一斉に転居する事例は珍しい。そのため、町ごと引っ越すという歴史的プロジェクトは、学術的にも大きな可能性を持っている。構成メンバーは変わらず、住む場所だけが変わるというのがポイントだ。

 子供の学力に関するこれまでの研究では、保護者の学歴や職業、移民の背景の有無や経済力が影響を与えることが明らかになっている。今回の移転では、これらの要素はほとんど変わらない。それどころか、コミュニティー全体で転居するため、住民の社会関係もあまり変化しない。

 しかし、子供たちの住環境は大きく変化する。そのため、学校建築や都市計画などの環境要因だけを取り出して、子供の成長や発達への影響を分析できるだろう。

 キルナ市では、地域住民やメディアへの対応に加えて、教員や学生、研究者に向けた情報提供も行っている。キルナの経験から、新しい知見が生まれることを期待したい。

(林寛平=はやし・かんぺい 信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)


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