【北欧の教育最前線】 職業体験で市民を育むミー&マイ・シティ

【北欧の教育最前線】 職業体験で市民を育むミー&マイ・シティ
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 起業家精神教育のプログラムとしてフィンランドで実施されている「ミー&マイ・シティ」は、小学6年生の約8割が参加するプログラムだ。事前に社会の仕組みを学んだ上で、ミニチュアシティで1日の職業体験をする。導入している自治体では必修科目になっていて、公的な予算もついている。

職業体験の様子

 1日の職業体験の様子をのぞいてみた。

 まず、子どもたちは各企業のブースに集まって、メンバーとタスクを確認する。その後、全員が町の中心に集まり、社長・市長などリーダー職に就いている人が自分たちの事業について短い紹介を行う。それからいよいよ業務開始となる。

街の中心に集まって全体集会をする様子
街の中心に集まって全体集会をする様子

企業ブースのタブレットと勤務シフトのカード
企業ブースのタブレットと勤務シフトのカード

 職場にあるタブレットには、仕事とそれを行う時間帯が示されており、計画的に仕事を終わらせていく必要がある。請求書の作成や支払いなども期日を守らなければいけないし、休憩時間に市役所に投票に行ったり、銀行の用を済ませたりする必要もある。仕事は1人でできるものではない。いろいろな企業や行政の仕組みがつながり合っていることや、お客さんの存在が認識できるようにタスクが設定されている。

 休憩や昼食の時間もある。子どもたちが首から下げているカ―ドに勤務シフトが示されていて、交代で休憩をとる。ランチはカフェに行って受け取る。休憩スペースも設けられている。

 給与はこの日のために設定された自分専用の口座に振り込まれ、明細はタブレットで確認できる。受け取ったお金で、この町にあるお店で実際に買い物ができる。マグカップやお菓子などを購入し、持ち帰ることもできる。

 子どもたちは、とにかく一生懸命、楽しみながら取り組んでいた。「社員みんなが出ていっちゃったら、オフィスにお客さんが来た時に困るじゃない!」という声が聞こえたり、「あなたの会社って、こんな仕事できる?」と別の企業に相談に行ったりする様子が見られた。人材紹介会社に「このポジションに就ける人を探してほしい」と依頼する子や、「ヘルスチェックに来ました」と民間の病院を訪れる子もいた。

市庁舎と企業の宣伝告知用のスクリーン
市庁舎と企業の宣伝告知用のスクリーン
ブースが並ぶ街の様子
ブースが並ぶ街の様子

プログラム全体の構成

 このような1日職業体験の前に、学校で教師が行う事前授業がある。実際はこの時間の方が長い。

 プログラムは、社会、経済、仕事生活の3つで構成されており、街づくり、税金、選挙、銀行の仕組み、家計の内訳、事業で利益を出す方法、サーキュラーエコノミーなど、身近なトピックから社会の大きな仕組みまで、ワークを通して学べるようになっている。

 例えば、「権利と責任」に関しては、納税、公共サービスの成り立ち、選挙について学ぶ。税金の種類や、公共サービスとビジネスの違いも学習する。家計におけるさまざまな費目の適切な割合や、貯金の仕方なども具体的に考える。

 生徒たちは、履歴書を作成し、家族に推薦状を書いてもらい、ミニチュアシティの希望の仕事に応募する。競争率が高い職業だと書類や面接による選考がある。そして、職場体験が終わると、最後に振り返りをしてまとめる。

 プログラムは10回分で構成されているが、教師がうまく他の授業に取り入れたり、一部を宿題にしたりと柔軟に進める。教師は、「ミー&マイ・シティ」を運営するNPO法人TATのスタッフからオンラインで研修を受けることになっている。職場体験当日は、TATのスタッフが説明や進行を行い、教師は生徒と一緒に街の一員として参加する。

 この取り組みは、単なる1日の職業体験ではない。社会の一員として、どのような権利と義務があるのか、自分の周りはどのような仕組みで動いているのか、これから自分が担っていく仕事や役割にはどのようなものがあるのかなどを、体験を通して学ぶことができる。そして自分の得意なことや特性、興味を知りながら、自己を社会とつなげ、未来の自分につなげていく取り組みである。つまるところ、それは市民教育なのだ。

 筆者が事前準備や1日体験に参加して感じたのは、どのワークの内容も、職場体験におけるタスクも、秀逸に作り上げられていることだった。リアルだからこそ、難しくて楽しい。表面的な「体験」に終わらない経験が小学6年生で出来るのは、彼らの、社会の一員であるという意識を高めるであろう。

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