心理的安全性と学級経営 組織の強みと弱みを見極める(千々布敏弥)

心理的安全性と学級経営 組織の強みと弱みを見極める(千々布敏弥)
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最近、心理的安全性という言葉に出合う機会が複数回あった。ハーバード大学のエイミー・エドモンソン氏による概念らしい。邦訳として『チームが機能するとはどういうことか』(英治出版)が出ている。この概念自体に文句はないのだが、この言葉を使っている人が、あたかもこれまでこのような配慮が組織内で示されることはなかったかのように語っているのが気になっている。テイラー(フレデリック、米国、技術者・経営学者)の科学的管理法に対するアンチテーゼとしてメイヨー(エルトン、オーストラリア、文明評論家)の人間関係論は1927年から32年に行われた実験から示された。以来、グループダイナミックスなどの集団心理学は一貫して心理的安全性を論じてきたはずだ。ソーシャルキャピタル、ケアリング、ラポールなど類似の概念は多い。エドモンソン自身は先行研究を踏まえた上で独自の概念を構築しているはずだが、この言葉を語っている教育関係者の文脈は、これまでの学級経営や生徒指導が心理的安全性を全く無視していたかのごとくとなっている。

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学級経営の論者は数多い。その一人である赤坂真二氏(上越教育大学教授)は互いを認め合うことの必要性を述べている。その上で自分の言いたいことを言い、他者と対立し、見解の相違や合意部分を明確にすることを通じて、自分たちだけで意志決定ができるクラスづくりを目指している。岩瀬直樹氏(軽井沢風越学園)の学級づくりは子供の主体性と問題解決力の育成をより強く求めているが、これもベースには子供相互の信頼性構築がある。佐藤学氏(東大名誉教授)が絶賛している社会科教師がいる。私もその教師の授業を大変気に入り(岩波講座『シリーズ授業』でビデオとして刊行されている)、当人にどうやって学級経営をやったのかを聞いた。その教師が第一に心掛けたのは聴き方。自分自身が子供の話をきちんと聴くよう心掛けた。よく理解できない場合は「もう一度言って」などと促した。座席を指定せず自由にした。その際「誰の隣に座りたい」と子供に尋ねた。子供は当然「好きな友達の隣」と答える。そこで「全員が好きな友達の隣に座れると思うか」と尋ねるのだ。子供たちは好きな友達の隣に座ろうとすれば、寂しい思いをする友達が出てくることに気付き、それまであまり隣同士になっていなかった友達の隣に座るようになった。そのような指導で「聞き上手、学び上手の子供が育っている教室」(稲垣忠彦、佐藤学『授業研究入門』)になる。

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推察するに、多くの学校でこれらの学級経営の積み重ね(歴史)が軽視されているのではなかろうか。子供を力で押さえ込む教師は多い。特に地域性に恵まれている学校に多い。教師の指導に素直に従う子供が多いため、教師が強めに指導してもトラブルにならないのだ。そのような指導に慣れた教師が他の地域に異動して同じように指導すると、たちまちトラブルになる。子供が反発し、子供同士の関係も悪くなり、学級崩壊にまで至る場合もある。学級経営術に優れた教師は、いかに子供を納得させるか、子供同士の関係を構築するかに力を注ぐ。そのような教師はいかなる地域に赴任しようとも学級が崩れることはない。子供同士の関係を構築するために、ソーシャルスキルトレーニング、グループエンカウンターなどのプログラムに頼る教師や学校がある。それらのプログラムが入っている学校をいくつか拝見したことがあるが、教師がトップダウン的に指導する姿勢はそのままで、プログラムの力だけで子供同士の関係をつくろうとしている様子が読みとれた。私は組織成員同士の心理的結び付きを重視するのは日本の組織に共通する文化だと思っている。むしろ結び付きが強すぎることの弊害が多い。輸入された概念やプログラムを導入する際は、自らの組織の強みと弱みを見極める必要があると思う。

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