「こども誰でも通園制度」創設へ 迫られる保育観の転換

「こども誰でも通園制度」創設へ 迫られる保育観の転換
一時預かりの制度を利用して定期的に受け入れを行っている「おうち保育園かしわぎ」で過ごすこどもたち(フローレンス提供)
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 政府の「こども未来戦略会議」の目玉の一つとなっているのが、月一定時間までの利用可能枠の中で、就労要件を問わずに時間単位で柔軟に利用できる新たな通園給付「こども誰でも通園制度」の創設だ。こども家庭庁では今年度から全国各地で始めたモデル事業を、本格実施に向けて拡充させていく方針で、来年度予算概算要求に盛り込む。制度に対する保護者の期待は大きい一方、施設側からは不安の声も聞こえてくる。これまでにない新たな制度の全国展開に向けた課題を取材していくと、「こども誰でも通園制度」が現場の保育観の転換を迫るものになる可能性も見えてきた。

欲しかったのは、こどもから離れる時間と安心して預けられる場所

 さまざまな子育て支援の課題に取り組むフローレンスでは、こども誰でも通園制度のモデル事業に先駆けて、仙台市青葉区で運営する企業主導型保育所の「おうち保育園かしわぎ」で、2021年12月から、何らかの事情でこどもの面倒が見られないときに、日ごとや時間単位でこどもを預けられる一時預かりの制度を活用した受け入れを始めた。同園で定員に空きがあったために、その有効活用を目指して始めた事業だったが、共働きではないため本来は保育所を利用できない家庭からの問い合わせや、仕事に復帰しなければいけないものの、1歳児で預け場所がなく、待機児童となってしまった保護者からの相談が多く寄せられたことから、22年4月には定期的にこどもを預けられる形に発展させた。

 一方で、本来の利用者で定員が埋まってしまうと、この仕組みが利用できなくなってしまうことから、今年度からはあえて一時預かりの枠を別に確保し、利用者が急に使えなくなるといった問題が生じないようにしている。

 同園の山本千尋施設長は「(一時預かりの枠を)どのように使うかは保護者と相談して調整している。利用形態が違うだけで、こどもたちは分け隔てなく一緒の保育を受けている。もともと埋まっていなかった定員の空き枠を活用しているので、このために保育士が不足するといったことはないし、一時預かりの制度を利用するので園には補助金が入る」と説明する。

 3歳の娘と2歳の息子がいる専業主婦の須藤絵美さんは、昨年からこの仕組みを利用している保護者の一人だ。須藤さんは夫の転勤で昨年4月、仙台市に引っ越してきた。「家の中がもうはちゃめちゃで、近くに親戚や知り合いはいないし、土地勘もない。幼いこどもを2人も連れて外出するのは、近所のスーパーですらしんどかったので、ほとんど家の中で過ごしていた。当時、娘はイヤイヤ期が始まっていて、家の中で泣いたり暴れたりしていたし、息子は生まれてまだ8、9カ月だったので、授乳していた時期。睡眠不足で私自身もずっとイライラして、ノイローゼのようになってしまって、このままでは私も家族も大変なことになってしまうと思った」と、当時の追い詰められていた状況を振り返る。

 すがる思いで一時預かりを行っている施設を探すうちに、かしわぎにたどり着き、昨年7月からまずは週に3日、娘を預かってもらうことになった。

 「園とは毎日連絡帳でやり取りをしていたが、私の負担がまだ大きいことを読み取ってくれて、毎日利用してもいいと提案してくれた。こちらからは言い出しにくかったので、ありがたかった。ちょうど娘は幼稚園入園を前にした体験入園が毎週金曜日に始まるタイミングだったので、月~木は娘を、金は息子を預かってもらった」と須藤さん。今年の4月からは娘が幼稚園に通うようになったため、今は週に1日だけ、集団生活に慣れさせる目的で息子を通わせているという。

 「良かった点はいろいろあるが、まずは保育園に行くことで規則正しい生活を送れるようになったこと。そして何より、こどもの成長が一番大きいかもしれない。言葉の数はすごく増えたし、教えていないこともたくさん学んできたことには驚いた。いつの間にかスプーンで食事ができたり、同い年くらいの友達もできて、順番を守ったりできるようになった。おかげで、4月からの幼稚園生活もスムーズにスタートできた」と、須藤さんはこどもの成長面でもその良さを実感する。孤独な子育てだったが「今になって思うのは、あのときの私は相談相手が欲しかったというよりも、こどもと離れる時間と安心してこどもを預けられる場所を求めていた」と語る。

 山本施設長は「専業主婦だって一人の保護者として子育てに困っていないわけではない。こどもが3歳になって幼稚園に入れるようになるまで、どこにも頼れないというのはおかしい。就労などで受け入れるかどうかを分けるといったことは、もう時代に合っていないのではないか。保育所は就労している人がこどもを預ける場所だという固定観念をどう取り払うかが求められている」と問題提起する。

保育施設の懸念や課題も

 保護者からのニーズがある一方で、「こども誰でも通園制度」に対する保育施設側の懸念は大きい。

こども誰でも通園制度に関する保育施設側の不安感

 保育・教育施設向けにICTサービスを提供するコドモンは7月18日から8月4日に、同社のサービスである「コドモン」を導入している保育施設にこども誰でも通園制度に関するアンケートを実施し、357件の回答を得た。そのアンケートによると、こども誰でも通園制度の実施に「不安がある」と答えた保育施設は89.4%、制度の実施までの準備期間は「十分にない」と答えたのは80.7%に上った(=グラフ)。制度の実施にあたって懸念する点を複数回答で尋ねると、最も多かったのは「人手不足」(76.2%)で、ほぼ同じ割合で「保育士の処遇改善が一切実現されずに新たな負担だけが増える」(75.9%)が挙がるなど、現場の保育士不足が深刻な中での新たな制度の導入への反発も伺える。また、安全面や子どもの特性に合わせた保育の実現を懸念点として挙げる声も多くみられた。

 幼児教育学、保育学が専門の清水美紀明治学院大学心理学部教育発達学科助教は、幼稚園で行われている預かり保育の課題との共通点を指摘する。

保育現場はこども観や保育観の転換を迫られることになると指摘する清水助教(本人提供)

 「幼稚園の預かり保育では、保護者が就労しているなどの理由で定期的に利用する場合もあれば、保護者の都合で単発的に利用することもできるようになっている。恒常的な利用と単発的な利用が同時に発生し、子どもの顔ぶれは毎日変わる。その中で保育をするのは大変だ。必要な人員の確保はもちろんのこと、こどもをよく観察しながら保育するということも含めて難しい」と清水助教。「こども誰でも通園制度でも、モデル事業では週に1回か2回など、決められた曜日に利用する想定で行われているが、週に1回か2回しか来ない子と毎日来る子が混ざり合う保育を設計するのは、なかなか大変ではないか。通うこと自体は需要もあるし、意義もある事業だと思うが、こどもが育つ場をイメージしたときに高度な専門性が要求される現場になりそうだと率直に感じる。特に未就園の子の多くは0~2歳で、個人差も大きく、個別ニーズへの対応が求められる。こどもを保育する上での課題は単純ではない」とくぎを刺す。

 その上で清水助教は「これまでの保育所は、保育を必要とする人が利用するのが大前提だった。それを『誰でも』に開き、定期的な通園につなげようとしていることは、これまでの保育所の在り方に対して、かなりの変化を迫ろうとしているのではないか。家庭との関係づくりや想定される家庭のイメージなどで、これまでとの相違が出てくることは今後の課題になるだろう。これは保育所だけの問題ではなく、幼稚園や認定こども園との関係の中で捉えるべき課題も含んでおり、幼保の役割が問い直されることにもなる。こども誰でも通園制度はインパクトのある事業で子育て家庭のニーズもある。しかしそれが、果たしてどういうこども観や保育観で設計されようとしているかは、注視していかなければいけない」と強調する。

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