教員の働き方改革と部活動を両立しようと、国は2023年度から、公立中学校の休日の部活動を段階的に地域移行するよう自治体や学校に求めました。こうした国の方針に合わせ、21年度からモデル事業が採択されて先行事例が示された他、22年にはスポーツ庁と文化庁が部活動地域移行のガイドラインを策定し、全国的に部活動地域移行を始めとしたさまざまな部活動改革が進められてきました。
この記事では、部活動地域移行の基本情報を解説するとともに、部活動地域移行の具体的な事例や、「広域化」「時短」といった多様な部活動改革の事例について詳しく紹介します。
公立中学校の休日の部活動地域移行が、各地域において進められています。しかし、地域における指導者や活動場所の確保、保護者負担の問題など、乗り越えていかなければならない課題があることも事実です。
部活動の円滑な地域移行を図っていく上でも、まずは具体的な事例やモデルケースを知ることが重要です。そうした事例から浮かび上がってきた新たな課題にも目を向けながら、地域の実情に合わせた形やスピードで、部活動地域移行を進めていく必要があるでしょう。
部活動地域移行とは、これまで公立の中学校・高校で教員が実質的に無償で担ってきた部活動を地域のスポーツクラブなどに移行することです。23年度から、公立中学校で段階的に部活動地域移行が進められています。
平日の部活動の地域移行については、地域の実状や進捗(しんちょく)状況に応じて、次のステップと位置付けられています。また、高校についても同様の考え方を基に部活動改革を進めるとしていますが、高校の部活動は学校の特色ある活動として位置付けられている場合もあることから、留意が必要です。
スポーツ庁と文化庁は、22年12月に策定した「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」において、23年度から25年度の3年間を「改革推進期間」と位置付け、部活動改革を進めていくとしました。すでに各地域で土日の部活動地域移行の取り組みが進んでいます。
スポーツ庁 運動部活動の地域連携や地域スポーツクラブ活動移行に向けた環境の一体的な整備
文化庁 文化部活動改革~部活動の地域連携や地域クラブ活動への移行に向けた環境の一体的な整備~
これまで学校の部活動は、学校教育の一環として、学校教員が実質的に無償で担ってきました。しかし、近年は教員の多忙化が大きな社会問題と化しています。特に中学校教員は、本来では休日であるはずの土日に部活動の指導をしていることが、長時間勤務の大きな要因となっています。
また、少子化に伴って野球やサッカーなどの団体競技のチーム編成が困難になる学校も出てきています。今後も生徒数の減少が見込まれており、これまでのような部活動の維持が難しくなると考えられています。
こうした背景から、部活動を地域のスポーツクラブなどに移行しようとする取り組みが各地で進み始めています。
課題の1つ目は「地域の受け皿」の問題です。
地域に移行した際に、子どもたちの監督・管理をする指導者が、地域にいるかどうかという問題があります。地域によっては、教員よりもその部活動に関して高度なスキルを持った人材がいる可能性もありますが、多くの地域ではそうした人材を確保するのに苦労することが予想されます。競技によっては、指導者が全く見当たらない可能性もあります。
さらに、部活動によっては、活動場所を確保するのが難しい可能性もあります。これは運動部に限ったことではなく、文化部においてもあり得る話です。
課題の2つ目は「保護者の負担」です。
部活動の地域移行が進むことで、外部指導者への報酬や活動場所の使用料などが発生します。財政的に厳しい自治体の場合、それらの費用は保護者負担となる可能性が高くなります。
また、活動場所が学校から遠い場合は、子どもたちの送迎が必要となり、送迎費用がプラスでかかります。
家庭の経済状況などによって、部活動に参加できる子どもとできない子どもが出てきてしまう可能性があり、こうした活動費の負担増について、保護者の合意を得られるかが課題の一つです。
課題の3つ目は「指導の過熱化」です。
部活動は子どもたちがスポーツ、芸術文化などの幅広い活動機会を得たり、体力や技能を向上させたりといったメリットがある一方で、「勝利至上主義」に陥りやすい傾向があります。部活動の地域移行が進んだ際、勝利至上主義の指導者が着任し、長時間の厳しい練習を課すなど、指導が過熱する可能性も考えられます。
そうしたことが起こらないためにも、外部指導者に対してスポーツ庁の「部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」の内容を周知徹底し、それが守られているかを注視していく必要があります。
教育新聞では23年度から、地域移行を始めとしたさまざまな方法で部活動改革を進める学校や自治体を数多く取材し、全国のモデルケースとなる事例や新たに生じた課題などを伝えてきました。ここでは、そうした記事や連載などを紹介します。
23年度に集中改革が始まる以前の21年度から、国のモデル事業として土日の地域移行を進めた自治体があります。その一つ、埼玉県白岡市では、全市立中学校4校の7つの部活動を試行的に地域移行した後、校区を超えた「合同部活動」を含めた計13部に対象を拡大。同年11月からは、2校で全ての部の土日の活動を地域クラブに移行させました。
当初は指導者の確保に紆余(うよ)曲折があったといい、「保護者の人脈に頼るだけでは限界がある」と考えた市教委が22年度から、10年以上にわたって全国の部活動改革を支援してきたスポーツデータバンクに運営を委ねました。
一方、同様に21年度から国のモデル事業に採択された北海道紋別市も、土日の運動部の地域移行を進めようとしたものの、関係者の思惑や利害が対立して暗礁に乗り上げたといいます。詳細は次の特集記事で読むことができます。
関連記事:【どうなる部活動改革①】 受け皿づくりに試行錯誤する自治体
静岡市では、ソフトボール部などいくつかの部に複数校による「エリア制」を導入し、3校合同で部活動を展開しています。こうした広域化の背景には、急速に進む少子化があります。スポーツ庁の委託を受けた野村総合研究所が19年にまとめた調査では、48年度に中学校の軟式野球部は1校当たり3.5人、ソフトボール部は同4.3人まで部員が減少するという推計が示されました。
静岡市教委は今後もエリア制への移行を進め、26年夏には全ての部活動を「エリア単位」として、部活動に代わる学校管理外の地域クラブ「シズカツ」を設置する方針です。しかしこうした広域化にはメリットだけではなく、指導する教員の負担を始めとした多くの課題があるといいます。詳細は次の特集記事で読むことができます。
関連記事:【どうなる部活動改革②】 少子化の波 エリア制で部員確保へ
スポーツ庁がガイドラインで練習時間の目安を示した18年ごろから、部活動の長時間練習は教員に大きな負担を強いるだけでなく、生徒のけがにもつながるとして、見直しが求められるようになりました。公立ながら全国レベルの強豪として知られ、22年夏には全日本少年軟式野球大会で優勝を果たした東京都江戸川区立上一色中学校野球部も、「子どもたちを勝たせてあげたい」との願いから長時間の練習を課していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大で部活動に制限が設けられたことから、練習時間をかつての半分にする「時短」に踏み切りました。
当初、同部の顧問は「これまで積み上げてきたものがなくなるのではないか」といった不安を抱えていましたが、練習の「質」が目に見えて上がったことで、不安は杞憂(きゆう)に終わったとのことです。一方で、茨城県教委が22年12月に新たな「部活動運営方針」を公表し、活動時間に上限を設けて長時間練習に歯止めをかけた際には、賛否両論が巻き起こりました。部活動の「時短」を巡るさまざまな動きについては、次の特集記事で読むことができます。
関連記事:【どうなる部活動改革③】 コロナで「時短」へ向かった強豪野球部
大手企業が部活動を支援するプラットフォームをつくる事例もあります。ある旅行会社は、修学旅行を通じて築いた学校現場や教育委員会とのパイプを生かし、部活動の運営を手助けする「部活動サポートサービス」に乗り出しました。背景には新型コロナウイルスの感染拡大によって主力の旅行事業の不透明感が増したという状況があり、経営の多角化に向けて部活動の参入を果たしたといいます。
同社が手掛ける事業は大きく2つあります。一つはオンラインでの指導サービスで、ドローンやeスポーツなど従来の中学校では提供できていなかった活動について、プロの講師やインストラクターの指導が受けられるようにしています。もう一つは部活動運営事務の代行サービスで、指導者や活動場所の調整、参加する生徒や保護者への連絡、集金などの業務を同社が一手に担うというものです。
サービス開始を発表してから、多くの学校や自治体から問い合わせが寄せられ、ニーズの高さを実感したものの、事業として成長するには年数を要するとして、同社は教育新聞の取材に、「まずはスモールスタートで始める。最初は厳しくても、長期的に見て事業が拡大していくならばメリットがある」と語りました。
関連記事:【どうなる部活動改革④】広がる企業参画、カギは持続可能性
東京都渋谷区内の中学校では、生徒が希望する部が少なかったり、部員が少なくてチームが組めなかったりなどの課題がありました。そこで21年に「シブヤ『部活動改革』プロジェクト」をスタートさせ、地域移行の取り組みを推進するために「一般社団法人渋谷ユナイテッド」を設立しました。
「渋谷ユナイテッド」では、区内8校の中学生が参加できる合同の部活動として、サッカー、ボウリング、ダンス、パラスポーツ(ボッチャ)、将棋、パソコン、硬式テニス、フェンシング、女子ラグビーの9種目を開設しています。指導者や活動場所は、区にゆかりのある企業や団体と連携して確保しています。この取り組みの詳細については、同区の前教育長で「渋谷ユナイテッド」代表理事の豊岡弘敏氏が執筆した全12回の連載が、教育新聞に掲載されています。
関連記事:【連載】部活動の新しいカタチ
部活動が段階的に地域移行され始めて約1年4カ月たった24年8月には、地域差はあるものの取り組みには全国的に前進が見られています。
そうした中、「教員に新たな負担が生じた」「費用負担のため参加できなくなった子がいる」といった問題を指摘する声も上がり、学校や自治体は「平日も含めた完全な地域移行」「奨学金の給与」「部活動専用アプリの導入」といった策を講じて課題の克服に努めています。その詳細はこちらの特集記事で読むことができます。
関連記事:【部活動改革㊤】平日も完全移行 奨学金、専用アプリなど新たな仕掛け
国は教員の働き方改革と部活動の両立を目指し、部活動地域移行を求めています。一方で、部活動には「高校進学の実績になる」「大学のAO入試などでアピールポイントにできる」といった側面があることから、学校として部活動の扱いを見直す必要があるほか、住民の声を直接聞く立場にある自治体は、子どもや保護者の要望に対応することが求められます。
埼玉県では従来、公立高校入試で中学校時代の特別活動を評価する一環として、部活動の実績を合否判定に取り入れていました。各校で基準は異なるものの、大会で好成績を収めたり、部長などの役職を務めたりした場合に加点するケースがほとんどで、部活動を3年間続けたことを評価する高校も一部ありました。同県はこの方式を、部活動地域移行などの新たな動きに合わせ、27年春の入試から大きく変える方針だとしています。
入試改革の方向性は、22年にスポーツ庁と文化庁が部活動地域移行に向け、高校入試を含めた制度運用の留意点などを示した通知内容とぴったり重なるもので、県教委の担当者は「部活動への参加が任意であることなどを踏まえ、国の通知も参考にしながら改革案を考えた」と説明しています。
教育新聞では11県教委に取材し、制度の見直しに関する具体的な検討内容について聞き取りをしました。その内容や専門家の見解などは、次の特集記事で読むことができます。
関連記事:【どうなる部活動改革⑥】 地域移行で見直しを迫られる高校入試
部活動地域移行を実際に進める市区町村が抱える課題は地域によって大きく異なり、首長の間にも多様な考え方があります。全国市長会は22年、スポーツ庁に緊急意見を提出し、期限を切った部活動地域移行に懸念を表明しました。
教育新聞では、同会の社会文教委員長を務めた埼玉県本庄市の吉田信解(しんげ)市長に独自取材をし、改めて問題意識を聞いています。
関連記事:【どうなる部活動改革⑦】 埼玉県本庄市長「子どもの視点を大切に」
部活動地域移行を始めとした部活動改革については、学校や自治体だけではなく、旗振り役の国も課題意識を持ち、対応を検討しています。教育新聞では、20年10月からスポーツ庁長官を務める、男子ハンマー投げの五輪金メダリストで東京医科歯科大学特命教授としても活躍する室伏広治氏にインタビューを行い、指導者の確保策や、学習指導要領に対する独自の見解などについて話を聞きました。
関連記事:【どうなる部活動改革⑧】 室伏氏「地域移行は子供の可能性広げる」
公立中学校の休日の部活動地域移行が、各地域において進められています。しかし、地域における指導者や活動場所の確保、保護者負担の問題など、乗り越えていかなければならない課題があることも事実です。
部活動の円滑な地域移行を図っていく上でも、まずは具体的な事例やモデルケースを知ることが重要です。そうした事例から浮かび上がってきた新たな課題にも目を向けながら、地域の実情に合わせた形やスピードで、部活動地域移行を進めていく必要があるでしょう。