第5回 見取りと妄想

第5回 見取りと妄想
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 「今日は元気ないね」

 「うん。でも大丈夫」

 「大丈夫って?」

 「今、ママのこと考える時間。元気ないけど、大丈夫」

 2024年の夏に放送されたテレビドラマ「海のはじまり」(フジテレビ、月曜21時、脚本: 生方美久)の第3話。母親を亡くした後も学校で気丈に振る舞っていた小学1年生の海ちゃん(泉谷星奈)の表情が珍しく暗く、一人でお絵描きをしていたところに担任の乃木先生(山谷花純)が話し掛けたシーンです。

 子どもの表情や行動を見て、声色を聞いて、その裏にあるものを私たちは知りたくなります。コルトハーヘンは教師の省察を深めるために、授業における教師と子どもそれぞれの「行動」(Do)、「思考」(Think)、「感情」(Feel)、「願望」(Want)からなる「8つの窓」を提案しました。

 大学生がこの枠組みを援用して小学生の見取りをした時のことです。ある児童が授業前にロッカーから荷物を取り出し、大学生に声を掛けて、自分の席に戻った一連の場面について、大学生は「授業準備のために後ろのロッカーに荷物を取りに来る。そのときに『何か作っているよね』と話し掛けてくれる」と「行動」(Do)を記録しました。しかし、この児童の行動は、本当に「授業準備のため」だったのでしょうか。この大学生は客観的に子どもを見取ろうという意識を強く持っていたにもかかわらず、無意識のうちに小学生の行動に意味付けをしていることに放課後の振り返りで気が付きました。

 私たちは客観的に観察された「行動」(Do)だと思っているものの中に、「思考」(Think)、「感情」(Feel)、「願望」(Want)を勝手に想像して入れてしまうことがあるのかもしれません。「子どもの表情が暗い」とか「授業前にロッカーに行く」とか、そういった学校でよく目にする場面ほど、特定の意味を持たせることに慣れています。

 冒頭の乃木先生は海ちゃんの「行動」(Do)を見て「元気ないんだな」と「感情」(Feel)を想像し、おそらく心配な気持ちで声を掛けました。表情の暗い海ちゃんはママのことを考えていて(Think)、「元気ないけど、大丈夫」(Feel)だったことが分かりました。

 見取りは見取りだけで完結してばかりでは教師の妄想の域を出ません。状況が許せば、言葉を選んで、実際に声を掛けてみることも重要です。ちなみに乃木先生が選んだ言葉は「元気ないの?」「大丈夫?」ではなく「元気ないね」でした。私は「担任だからこその言葉選び、いいな~」と思いました。

 次回は、(担任でなくとも)教師だからこその見取りの在り方について考えます。

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