「エージェンシー」という言葉が、教育においてますます重視されるようになってきました。経済協力開発機構(OECD)が2030年に子どもたちに求められるコンピテンシーを「学びの羅針盤2030」として示しましたが、その中のキーワードの一つがエージェンシーです。この言葉は学習者の「主体性」を示唆しますが、それ以上の意味を含んでいます。周囲への応答性、省察の深まり、行為への連動性、自由の実現など、多面的なニュアンスを有する極めて複合的な概念です。
そうした「エージェンシー」の特徴を踏まえると、この能力を培うには、学校生活のさまざまな場面において、児童生徒が「主体的な学習者」ならびに学校という「コミュニティーの形成者」として成長するための機会をつくる必要があり、「p4c」もそのための一つの手法として注目されてきました。私がこれまでに導入を支援した学校の多くは、エージェンシーの育成を重視した教育方針を掲げていて、教科の学びや学校生活における児童生徒の主体的な働き掛けを大切にしています。そのため、教科指導の方法として「p4c」を取り入れたとしても、それ以外の場面にも対話を通して考えを掘り下げる「p4c」の営みが波及的に広がっていくということがよく起こります。
そうした現象が顕著に見られた事例の一つが、新潟大学附属新潟中学校です。この学校では「生き方を求めて学ぶ生徒」という教育目標を掲げており、21年からこの目標を「エージェンシーの育成」という観点から深化させてきました。同校では、橋本善貴教諭が道徳科に導入したことがきっかけとなり、23年度から「p4c」を生かした授業に取り組んでいます。「道徳的価値を自己との関わりで考え対話する学びの場を創りたい」「価値の多様な見方に触れ、自分自身がどう考えるか掘り下げる力を育てたい」という思いがその背景にありました。クラスの規模は40人。全員で対話をするのは難しいのではないかと思いましたが、もともと生徒の声を大切にする風土が学校内に培われており、自分の考えを表現することへの抵抗感が少なかったからか、さまざまな問いや考えが共有され、異論を提示しながらテーマを掘り下げていく対話が、初期の頃から見られました。
授業で「p4c」を経験した後、生徒たちはさまざまな場面でその考え方を生かし始めました。生徒会の一組織である放送部で活躍する生徒は、日常の中で「当たり前」を疑うことの大切さを実感し、放送部として何を成し遂げるべきかを考え始めました。その過程で、多様な声を否定せずに聞き合う場をつくり、学校内の対話を深めていくことこそが、「p4c」を学んだ自分たちがリーダーとして果たすべき役割だと考えるようになります。そこから「リーダーとは何か」という新たな問いが生まれ、自己内対話が始まり、学校がより良い場所となるためにできることを考え続ける。そうした生徒の姿から、まさにエージェンシーが育まれていることを実感しました。