2020年3月以降、勤務校ではオンライン授業が続いた。4月16日に緊急事態宣言が全国に拡大されてからは、生徒からコロナ禍に関する授業を希望する意見が複数寄せられた。そこで、22日からコロナ禍に関する単元を開始することとした。単元を構想する上で取り入れたのが「危機心理学」だ。
危機心理学とは、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が提唱した、非常事態における人々の行動やケアに関する心理学的なアプローチのモデルである。人々は、非常時には心理的に不安定となり、短絡的な発想や通常と異なる振る舞いをしがちになる。不安が連鎖すれば、社会不安という「危機」を招いてしまう。それを防ぐために、報道や教育といった社会的な影響力を持つセクションにおいては、人々を平常の心理状況へと再帰させるような発想が求められるのである。
こうした危機心理学の視点を踏まえ、単元構想においては次の2点に留意した。1点目は、時間的・空間的な視野を広くとること、2点目は、「非常時こそ皆で社会活動(マスクづくり)だ」といった類の「活動主義」に陥らないことである。言い換えるなら「広い視野」と「高い抽象性」を保つことである。
危機的状況を単元化するに当たっては、社会課題を扱う単元自体が「非日常の事象」とならないことも重要だろう。突然コロナ禍を扱い、まして授業でマスクづくりなどを始めたら、生徒は「非日常」の感覚を強めるだけである。
最終的に私は「コロナを通して社会を診る」と題して、社会分析を行う単元を実施した。単元の最初で「コロナ禍によって生じた変化」を生徒に問い掛けると、ステイホーム、オンライン授業、マスクの値上がり、街中でせきをする人への無言の圧力、治療効果をうたった商品の流行、「夜の街」での感染拡大など、さまざまな変化が挙げられた。
続いて、コロナの被害を伝える新聞記事と、スペインかぜの流行を伝える100年前の新聞記事を見比べる活動を行い、「100年前と現在とで、変化したことは?」と問い掛けた。
紙面を比較すると、生徒がコロナによる「変化」として指摘したことの大部分は、100年前にも既に報じられていたことが分かる。つまり、危機的状況における人々の反応は、長いスパンで見ればほとんど変化していないのである。
歴史の変化には「本当に驚くべきこと」と「驚く必要のないこと」の二つがあり、それらを混同しないことが重要ではないだろうか。長い時間軸の中で捉え直すことによって「本当に驚くべき変化」を見極めるための態勢を整えることができるのである。