「あなたのいばしょ」には自殺、DV、虐待など、さまざまな困難を抱えた人から相談が寄せられる。2020年3月に窓口を開設して以来、相談件数は約48万件を数える。膨大な数の相談が寄せられる中で、私たちは常に「トリアージ」(優先順位の選別)をしなければいけない。
もちろん、この「トリアージ」という言葉は、慎重に使う必要がある。しかし、相談窓口の現状は悲惨だ。次々と相談が寄せられる中で、「今、屋上に立っています」という相談と、「ちょっとモヤモヤするので話を聴いてほしい」という相談では、前者を優先しなければならない。
相談の冒頭は、チャットボットと会話をしてもらう。生身の人間である相談員とつながる前にボットと会話をしてもらい、その会話内容などから私たちのアルゴリズムが相談の深刻度を自動的に判断する。この仕組みは思わぬ効果を生んでいる。「何に悩んでいるか自分でも分からない」という人が、自らの悩みを客観視することができるのだ。
若年層からよく寄せられる相談内容として、「学校でいじめられているわけでもないし、友達や家族と仲が悪いわけでもない。だけど死にたいんです」といったものがある。一見すると、自ら命を断ちたいというほど、悩んでいるようには見えないかもしれない。しかし、小さな悩みやもやもやが重なり合い、複雑性を増し、本人ですら自分が何に悩んでいるのか分かっていないといったケースは多い。
実際に、10~20代の自殺の3人に1人は動機が「不詳」とされている。なぜ、「不詳」が多いのかという点については、よく分からないとされている。だが、「なぜか分からないけど死にたい」という子どもや若者からの相談を見てみると、悩みそのものが重層的であるため、そもそも動機を一つに絞ることが困難というのが実情のように思える。何に悩んでいるかは分からないが、漠然と死にたい気持ちを抱えているのだ。
こうした状況にある相談者に、相談員からの応答を待っている間に、ボットと会話を通じて溢れ出てくる感情を思うままに書き出してもらう。そして、それを再度読み返すという行為により、自らの悩みを初めて客観的に把握することができる。これは電話相談では実現できない、チャットの特性を生かした新しい相談対応の形だろう。相談員とつながる前に「自分の悩みを知れてなんかスッキリしました。ありがとうございます」などと言って、退出していく相談者も多い。
相談数が急増し、すぐに返答するのが難しい場合もある。これは日本に限らず、世界中の相談窓口が長年向き合っている課題でもある。そんな中、チャット相談という新しい相談窓口のカタチは、待ち時間を活用して自殺念慮を軽減させるのも可能であることが、「あなたのいばしょ」の活動から分かってきた。