この連載のタイトルは「子どものSOSを見抜くには-学校での孤独・孤立を防ぐ-」となっている。SOSとは、かつて船舶を中心に使われていた、モールス符号による遭難信号だ。船が危険な状態に陥っていることを外部に知らせるために使われていた。SOSという言葉は現代社会においてはごく普通に使われており、語源通りに受け取る人は必ずしも多くないだろう。
しかし、現代においてもSOSという言葉が能動的意味合いを含むことに疑いの余地はない。程度の差はあれど、自らが危険な状態に陥っていると認識した上で、外部に対して助けを求めるのがSOSだ。子どもたちに置き換えて考えると、自分の悩みや苦悩などを客観的に把握した上で、周りの人に助けを求めることが求められている。
悩みを抱えたときに人は、心理的視野狭窄に陥りやすい。通常であれば自分自身の状態を把握したり、周囲に助けを求めたりすることが容易な人でも、苦しいときにはそれらが選択肢にも浮かばなくなる。特にSOSを出す上で避けては通れない「自らが助けを必要としている」と認識するプロセスが難しい。
日本には「頼ることは恥ずかしい」「頼ることは負け」といった、スティグマ(負の烙印)が存在する。背景には個人の問題は個人で対処するべきといった、自業自得に近い懲罰的な自己責任論がある。
1995年に全国でたった154カ所しか配置されていなかったスクールカウンセラーが、2020年には3万カ所以上配置され、25年間で約200倍も増えている。しかしこの間、小中高生の自殺者数は3.6倍になり、20年は過去最多を記録した。もちろん、この間の児童生徒数は減少している。こうした背景にも「スクールカウンセラーに行っていることを友達に知られたら恥ずかしい(実際の相談窓口に寄せられた声)」といったスティグマが存在する。
近年、「SOSの出し方教育」などが推進されており、悩みを抱えたときに周りに頼ったり相談したりする手法などを子どもたちに会得してもらうことが議論されている。しかし、今の子どもたちはSOSの出し方が分からないのではなく、そもそも助けが必要だと認識していない、船が遭難していると気付いてない状態なのだ。
懲罰的自己責任論が家庭にまでまん延している環境下で育った子どもは、自らの悩みについて「誰かに頼るもの」から「自己解決すべきもの」と置き換えて考えている可能性が高い。実際に29歳以下の自殺の3人に1人は原因が「不詳」とされている。遺書も残さず、周りの人に相談もしていないのだ。自分が何に悩んでいるのかすら分からないほど、追い詰められているとも言える。
子どもにSOSの出し方を教える前に、子どもたちが自らの悩み話や客観的に把握できる手法をまずは開発すべきだろう。次回はその具体的な手法例について紹介する。