今回紹介したいのは、子どもたちから「死にたい」といった相談を受けたときに役立つかもしれない思考法。それは「マイナスからゼロへ」という考え方だ。
あなたのいばしょチャット相談では「マイナスからゼロへ」という考え方を掲げている。これはいじめや不登校、虐待、DV、生活困窮、人間関係といったさまざまな問題で苦しみ、死にたいと思うほど追い詰められている「マイナス」の状態にある人を「取りあえず今日は死ぬのをやめておきます」とか「明日もまた生きてみたいと思いました」といった「ゼロ」の状態まで導くという意味だ。多くの人は「マイナス」から「プラス」、すなわち個々が抱える問題を完全に解決することが必要だと考えている。「死にたい」と言われたら、その人の悩みを解決しなければならないと思うのではないだろうか。
しかし、「マイナス」から「プラス」の途中にある「ゼロ」の状態に導くことがまずは重要だ。マイナスからプラスに一段飛びに向かうことはない。必ずゼロ、すなわちフラットな状態を経験する。
個々の問題を根本的に解決するプロセスは、子どもの場合、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどの専門家が担うものだと筆者は捉えている。そして、こうした専門家に頼る上でも、マイナスではなくゼロの状態にいることが大切である。そのため、教師や親など子どもにとって身近な人が担うべき役割は、性急に問題解決を目指すことではなく、傾聴を通じて「ゼロ」の状態を目指すことだ。
非専門家と専門家がそれぞれ「マイナスからゼロへ」と「ゼロからプラスへ」という2つの役割を相互認識し、連携・協力することにより、死にたいというほど追い詰められて苦しんでいる子どもに手を差し伸べることができる。これを筆者は「グラデーションの支援」と呼んでいる。
自ら命を絶つ人は年間約2万人だが、精神疾患を抱える人の数は490万人に上る。また、小中学生の不登校児童生徒数は約24万人、虐待の通告件数は約20万件に上るなど、問題を抱えて苦しんでいる人は数多くいる。一つの支援団体や一人の専門家が「マイナスからプラス」まで全て担うという旧来の支援の考え方では対応できないほど、問題は深刻化している。必要なのは、それぞれの役割を明確化することだ。
近年、子どもにまつわる話の中心は仕組みとお金だ。学校と地域など他機関連携の円滑化や、子育て支援に関する経済的支援の充実など、いずれも極めて重要でありながら、対策が遅れていた分野でもある。言わずもがな、それらの話を議論すること自体に問題があるわけではない。しかし、子どもとどのように向き合うのかといった本質的な話もするべきだろう。子どもに「死にたい」「苦しい」と言われたらどうすればよいか、そのような子どもに一人の人間はどう向き合うべきなのか考える必要がある。「マイナスからゼロへ」という考え方がその一助になれば幸いだ。