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 世界80カ国以上から生徒や教員が集まる、日本初の全寮制の国際高校「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン(UWC ISAK)」(長野県軽井沢町)。社会の変革者である「チェンジメーカーの育成」をミッションに掲げる同校の理事長・小林りん氏は、日本の教育には「問いを立てる力」「多様性を生かす力」「困難に挑む力」の3つの力がますます重要になると指摘する。社会が劇的にアップデートされていく中、現場の教師は自らの教育をどう進化させていくべきなのか――。(全3回の第1回)

世界84カ国から200人の生徒

オンラインでインタビューに応じる小林理事長
オンラインでインタビューに応じる小林理事長
――今年9月で開校8年目になります。学校の現状を教えてください。

 開校時は、高校1年生50人から始まった小さな学校でした。おかげさまで現在は、世界84カ国から約200人の生徒が集っています。一方で7割以上の生徒に奨学金を出している点は、開校以来、変わっていません。

――ISAKは「チェンジメーカーを育成する」という理念の下で運営されています。卒業生はどんな活躍をしているのでしょうか。

 生徒たちが卒業後にどんな進路に進んでいるのか、社会に出た後にどんな活躍をしているのか――の2つの側面からご説明します。

 まず、卒業後の進路については、昨年の卒業生のうち約8割が海外の大学に進学しています。それ以外では「起業する」「日本の大学に進学する」「ギャップイヤー(高校卒業後の一定期間、ボランティアやインターンなどの活動をした後に大学進学する制度)を活用して何かにチャレンジする」といった生徒が、合わせて2割ほどいます。

 海外の大学に進学する生徒のうち約半数が米国、残りがカナダや英国、オーストラリア、ニュージーランドなど英語圏の大学に進んでおり、中には出身国や出身地域の大学へ戻る生徒もいます。

 米国への進学が多い理由の一つとして、奨学金制度の充実があります。本校が2017年から加盟しているユナイテッド・ワールド・カレッジというネットワークには「Davis UWC Scholars」という制度があり、米国のトップ90大学に入学すると奨学金がもらえる仕組みになっています。大学独自の奨学金と合わせると、年間上限4万ドルに上ります。これらを活用して、毎年数人がイエール大やブラウン大、タフツ大、デューク大など、アイビー・リーグを含む難関大学にも進学している状況です。

 しかし、さらに重要なのは、彼らが社会に変革を起こす「チェンジメーカー」として、どのような挑戦を重ねているのかだと思っています。こちらは定量的に説明しにくいので、何人かの事例を紹介しましょう。

 例えば、2019年度に卒業したフィリピンの男子生徒。高校時代はプログラミングやコンピューターの学習に一生懸命取り組み、米国の大学に進学しました。現在はコロナの影響で一時的に母国に帰国しています。フィリピンでは貧困家庭を中心に感染が広がっており、それを課題に感じた彼は、接触追跡アプリをつくって自治体に寄付したそうです。

 同じく19年度に卒業したベネズエラの女子生徒は、米国の大学に進学し、ドキュメンタリーやアート、芸術を専攻しています。彼女の母国は政権に対するデモや反乱が頻発し、若者による暴力や事件の多発も問題視されています。そこに課題意識を持った彼女は、中南米のエルサルバドルのアーティストと組んで、若者の暴力撲滅のためのドキュメンタリー動画を制作しています。

 17年度卒の1期生は、今年6月に本校生として初めて大学を卒業する世代です。その一人、日本人の男子生徒は京都の公立中学校から本校に入学しました。彼は米国で指折りのリベラルアーツカレッジに進学し、夏休みに国連でインターン中に、ニューヨークのホームレスの置かれた状況に心を痛め、さまざまな支援に乗り出しました。

 同じ1期生の台湾人の生徒は、英国で宇宙工学を学んだ後、シンガポールに拠点をもち、宇宙ゴミを解決するために立ち上がった日本人創業者が経営するスタートアップに、秋から就職が決まっています。

 生徒たちが在学中に多様なチャレンジをしている姿は、さまざまな媒体で取り上げていただいているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。巣立った後も在学中の経験を生かして、それぞれの興味や得意分野でチャレンジを続けていることは、本当にうれしく感じます。

チェンジメーカーを生む3つの力

――小林さんはチェンジメーカーを育むにあたって、「問いを立てる力」「多様性を生かす力」「困難に挑む力」の3つが大切だと指摘しています。今の話を聞き、生徒は卒業後もその3つを頭の中で思い返しながら、自分の人生を歩んでいるのだと感じました。

 私は常々、「教育は種まきだ」と言っています。目の前ですぐに結果が出て、劇的な変化が起こることはなかなかありません。私たち大人ができるのは、さまざまな種類の種を一人一人の生徒の周りに散りばめておくことだけ。どの種を拾って進んでいくかは生徒自身が決めることですし、気づかぬうちにポケットに種が入っていることもあるでしょう。それが3年、5年、10年とたった時に、「あの時、こんなこと言われたな」「こんなことに挑戦したな」と、それぞれのタイミングで花を咲かせてくれるとうれしいですね。

 高校3年間はあくまでスタート地点。ですから、その間に3つの力を習慣化できればいいと思っています。

 例えば「問いを立てる」といっても、いきなり天から問いが降ってくるわけではありません。日常的に「自分は一体何に興味を持っているのか」「何に憤りを感じているのか」という内向きの問い、「社会は自分に何を求めているのか」「社会にどう貢献していくか」という外向きの問いを繰り返していくことが大切です。他の2つの力も決して高校3年間の学びで完結するものではなく、彼らの長い人生の中でずっと磨き続けていくものです。その旅路のスタート時点で、私たちの高校が少しでも貢献できていたらいいなと思います。

――日本の教育の現状について、どのように見ていますか。

 私の子供も日本の公立小学校に通っていますし、日本の教育にはたくさん良いところがあります。

 例えば、日本の数学や理科の学力は、PISAなどの結果を見ても国際的に上位レベルにあります。しかも、日本より上位はシンガポールやフィンランドなど、日本の10分の1ほどの規模の国ばかりです。日本のような人口1億2000万人以上、1学年100万人の規模を誇る国で、これだけのクオリティーを担保できていているケースは他にないと思います。一定の質を担保するという観点では、日本の教育は優れています。

 一方で、本校で大切にしている「問いを立てる力」「多様性を生かす力」「困難に挑む力」などの育成においては、課題があります。

UWC ISAKには世界各国から生徒が集まる(UWC ISAK提供
UWC ISAKには世界各国から生徒が集まる(UWC ISAK提供

日本の公立学校にも多様性はある

――詳しく教えてください。

 まず「問いを立てる力」については、周りのプレッシャーから離れて、子供たち自身が「自分が何をやりたいか」「自分はどう生きたいか」と自問自答する環境が不十分に感じます。一般的に、日本人は問いを立てるのが不得意だと語られることがありますが、決してそんなことはありません。これまで必ずしも、そこに重点を置いてこなかったことが原因なのではないでしょうか。

 ようやく探究学習が広まっていますが、それを教える先生たちが、必ずしも自分で問いを立てる経験を十分に積んでいらっしゃらないこともあります。そんな状況で、学校現場が困難に直面している例はよく耳にします。

 また、「多様性を生かす力」にも課題があります。画一的な価値観の中で従来のやり方を踏襲した先に、イノベーションはありません。日本のように少子高齢化で人口がどんどん減り、経済規模も縮小していくであろう国においては、なおさらそうではないでしょうか。そんな社会でイノベーションを起こすためには、新しい価値観を自分の中に取り入れ、これまで当たり前でなかったものを「面白いな」と捉えて、新しいことに挑んでいかなければなりません。

 日本の学校はどうでしょうか。どちらかと言えば、ユニークな発想の子や人と違った行動をする子が否定されてしまったり、イノベーションの種が埋もれてしまったりする傾向にあるかもしれません

 35人、40人の児童生徒がいる学級で、ユニークな子を一人一人「いいね」と褒める余裕は、なかなか持てないかもしれません。それでもこれからの学校には、先生の教えと違う行動をする子供や、大多数とは違った発言する子供に対して、「今のすごく面白いね。なんでそう思うの?」と問い掛けられる教師が求められているように思います。

 本校のような世界各国から生徒や教員が集まった学校にだけ、多様性があるわけではありません。日本の学級にも、多様性はあります。特に公立は多種多様の家庭環境やバックグラウンドの児童生徒が集まり、いろいろな考え方や学力の子がいます。本来は多様性があるにもかかわらず、その違いを必死で標準化させて、そこからはみ出た子供も枠に収めようとする指導では多様性は生かせないのではないでしょうか。

 3つ目の「困難に挑む力」も、人生を生きる上でとても大切ですが、今の日本の学校教育ではなかなかこれを追究することが難しいかも知れません。

 ただこれに関しては学校のせいではなく、家庭やメディアの責任もあると感じます。というのも、日本では学校で何かアクシデントが発生すると、先生個人や学校に矛先が向けられ、過熱報道やバッシングにつながりやすい構造があります。その結果、学校は委縮してもめ事を回避し、リスクを取らないことが最優先にならざるを得ません。

 学校自体が困難に挑まなくなってしまったのは、世論やメディア、保護者のプレッシャーの影響が大きいと感じます。子供たちに困難に挑む力を付けさせたいと本当に社会が願うのであれば、学校だけでなくメディアや保護者、社会全体が考え方を変えなければならないのではないでしょうか。

【プロフィール】

小林りん(こばやし・りん) ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事。経団連から全額奨学金を受けて、カナダの全寮制高校に留学。そのとき、メキシコで圧倒的な貧困を目の当たりにする。その原体験から、大学では開発経済を学び、UNICEFプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在。ストリートチルドレンの非公式教育に携わるうち、リーダーシップ教育の必要性を痛感する。帰国後、6年の準備期間を経て、2014年に軽井沢で全寮制国際高校を開校。17年には世界で17校目となるユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC) へ加盟し、ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパンへ改名。同校は80カ国以上から集まる生徒の7割に奨学金を給付している。東京大学 経済学部卒業、スタンフォード大学 教育学部修士課程修了。12年に世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」、13年に日経ビジネス「チェンジメーカー・オブ・ザ・イヤー」、17年 にイエール大学「イエール・グリーンバーグ・ワールド・フェロー」、19年にErnst & Young「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2019ジャパン 大賞」など受賞多数。

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