【精神疾患による休職・復職】 復帰支援は保健師と産業医を中心に

【精神疾患による休職・復職】 復帰支援は保健師と産業医を中心に
精神科医の大石さん(本人提供)
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 精神疾患で休職者数が高止まりし、焦眉の急となっている教員のメンタルヘルス対策を巡り、本紙は復職をサポートする管理職の葛藤について報じた(参照記事: 【精神疾患による休職・復職】 当事者の苦悩と支える現場の葛藤)。文科省が2013年に取りまとめた対応策でも、復職支援の中心的役割は校長などが担うとされている。だが、文科省が立ち上げた有識者会議のメンバーとして、当時の対応策づくりに関わった精神科医の大石智さんは「今の状況を見通すことができなかった」として、この考え方を改めるべきだと訴える。何が「想定外」だったのか。

――文科省の有識者会議がまとめたメンタルヘルス対策には、改めた方が良い部分があると考えているそうですね。具体的にはどの部分の修正が必要なのでしょうか。

 まず、私たちが示した対応策に基づく取り組みを進めてきたにもかかわらず、精神疾患で休職する教員は減らず、21年度は過去最多の5897人に達しているという現実を重く受け止めなければなりません。その上で復職支援における校長ら管理職の役割を見直す必要があると考えています。

 当時まとめた対応策では、復職支援の中心的な役割は校長が担うことになっています。休職中の教職員と連絡を取り合い、復職プログラムを作成し、職場復帰後のフォローアップも実施するとされました。ですが、この部分は修正した方がいいのではないかと考えるようになりました。

――なぜ見直す必要があるのですか。

 当時想定していなかったものとして、最近の「教員不足」の問題が挙げられます。休職者が出た場合、代わりの教員を補充しなければなりません。それが見つかりづらくなり、校長が教員免許を持っている知り合いに電話をかけるなど、代役の確保に四苦八苦しているのが現状です。場合によっては、校長自身が授業を受け持たなければならないケースもあると聞きます。校長自身に休職者のケアを含めた復職支援を担う余裕がなくなっています。

 また、メンタルヘルス不調の原因に校長との関係性が影響しているケースも想定されます。その場合、休職中に校長から連絡があると、回復を妨げることにもなりかねません。文科省が示す対応策には、場合によっては産業医や保健師が間に立つといったことも書かれていますが、本人が言い出しづらい可能性もあります。こうした事情への配慮をより明確にした方が良いと思います。

――「教員不足」の問題は校長以外の教員にも影響がありそうですね。

 教員がSОSを出しづらくなり、早期対応が難しくなるというのが大きな問題です。代役の確保が難しいという認識が広がれば、「迷惑を掛けてはいけない」「自分は休んではいけない」という心理がどうしても働くからです。

 メンタルヘルスの不調は、兆候が出た段階で管理職がきちんと把握し、負担軽減などの対応を図ることが大切です。そうすれば、多くの場合は休職という事態を防ぐことができます。しかし、教員が不調を申し出ることが難しくなれば、周囲が気付いた時には休職が避けられないほど深刻化していたということにもなりかねません。

――校長の役割を見直すとして、どのような復職支援の在り方が考えられますか。

 中心的役割を校長が担うのではなく、その道の専門家に任せるという発想が必要です。具体的には保健師と産業医が連携して休職中の支援を行い、復職の可否まで判断する体制が望ましいと考えます。保健師は休職した教員と定期的に面談し、本人の健康状態や回復具合を把握するとともに、復職に向けた不安などの相談にも乗ります。最終的には専門家である産業医が面談し、本当に職場復帰が可能な状態かどうか見極めるべきです。

 重要なのは学校の都合で復職のタイミングを決めないことです。夏休み明けや年度の変わり目など、学校の年間スケジュールを優先して現場復帰を決めたとしか思えないケースが見受けられますが、本人の状態を何より重視すべきです。再び休職に追い込まれた場合、その後の復職は1度目よりもハードルが上がります。だからこそ、専門家による慎重な判断が求められます。

――校長はどのように関与すれば良いのでしょうか。

 スムーズな職場復帰が実現するよう支援し、フォローアップする役割を引き続き担ってほしいと思います。本人の意向に耳を傾け、保健師とも相談しながら、復職当初は副担任からスタートさせたり、校務分掌を通常より減らしたりと適切な環境を整えることになります。他の教員にどう説明するかについても、本人と相談して決めます。

 仕事が軌道に乗った後は、負担軽減措置を徐々に解除していくことも必要です。漫然と負担軽減を続けることは、本当の意味での本人の回復を妨げることになりますし、職場全体の公平性という観点でも望ましくありません。保健師や主治医らと相談しながら解除の時期を判断すべきです。

――文科省は教員を支援するスタッフの拡充や業務の削減を進めてきました。

 確かに勤務時間外は留守番電話に設定したり、タイムカードなどで労働時間を把握するようになったりと「働き方改革」は進んでいます。ただ、小学校に英語教育が入ってきたり、GIGAスクール構想への対応を求められたりと新しい業務が増えているという話を現場の先生たちからは聞きます。業務の「スクラップ」という発想がまだ不十分なのではないでしょうか。

 また、公立校の場合、学校ごとに教員の定数がきっちりと決められ、柔軟にスタッフの増員を図ることが難しい仕組みになっています。メンタルヘルスに課題を抱える教員が現れても、思い切った負担軽減に踏み切りづらい点が課題と言えます。

――教育委員会にはどのような対応が求められますか。

 そもそも、保健師との連携を図っていなかったり、産業医を配置していなかったりする学校もあると聞きます。まずはこうした最低限の体制を整えることが必要になるでしょう。また、ある程度の数値目標を定め、月や年度ごとの休職者数をモニタリングしていくことも求められます。目標を達成できなかった場合にどのような課題があるのかをきちんと探り、「PDCA」のサイクルを回しながら改善していくべきです。

 小中学生の自殺が過去最多を更新するなど、子どもたちのメンタルヘルスの問題も深刻化しています。客観的な根拠はありませんが、やはり先生たちに心の余裕がないことも一定程度、関係している可能性があります。また、休職者が出て学校全体の多忙感が高まれば、子どもたちに悪影響を及ぼしかねません。教員のメンタルヘルス対策を充実させることは豊かな教育につながるという認識を持ち、改善を進めてほしいと思います。

【略歴】

大石智(おおいし・さとる) 北里大医学部講師、相模原市認知症疾患医療センター長。15年以上にわたり、メンタルヘルスに課題を抱える教員の回復・復職のサポート、保健師を中心とした自治体の支援体制づくりに関わってきた。2011~13年には、文科省が設置した「教職員のメンタルヘルス対策検討会議」の委員を務めた。

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