第6回 子どもの問題行動は誰の責任? 保護者と学校、問われる協働

第6回 子どもの問題行動は誰の責任? 保護者と学校、問われる協働
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保護者と学校を巡る問題はフランスにも存在する

 ゴールデンウィーク明けの5月8日、東京都内の小学校で、児童の親の共謀による襲撃事件があった。教職員の読者にとって、難しい保護者への対応は頭も胸も痛い切実な問題だろう。中高生の子を持つ筆者もひとごとではなく、思うところが多くあった。

 筆者が住むフランスでは、保護者と学校・教職員の関係は、日本とは少々違う。だがコミュニケーション不全や信頼の欠如が引き起こす問題はやはり存在し、時に深刻な事態に至っている。近年では生徒の親が関与した教員の殺害事件(2020年秋)や、市街地での中高生の暴動(23年夏)が社会を揺るがし、子の問題行動に対する親の責任を法的に問う声が、さらに大きくなっている。

 今回は日本で義務教育を受けて育ち、フランスで教育の義務を遂行している筆者の視点から、「親の責任」についてつづっていこう。

国によって違う「親の責任」観

 子を持つことで人は「親」になり、子が成人するまで、養育と監護の義務を負う。その義務を全うするために必要な権限を親は「親権」として許され、行使する――。未成年の子に対して親が義務を負う法制度は、21世紀の法治国家に共通する原則だ。だがその細部と実践は、国によって違う。筆者はその事実を、フランスで子を育てて初めて実感した。

 例えばフランスでは小学生以下の子どもが、家庭の外で大人の付き添いなく、単独行動することはほとんどない。「未成年の子を危険な状態におくこと」は親権の停止に直結する問題行動であり、かつ、小学生以下の子を家庭外で一人にすることは危険だ」と、社会的に理解されているからだ。ベビーシッターの利用が盛んな背景には、この社会通念がある。

 加えてフランスでは刑法によって「(虐待を含む)未成年が危険な状態にある場合に通報する義務」が、罰則付きで定められている。駐車中の車内や自転車のシートに幼い子どもだけが残されていると、発見した人がすぐに警察に通報する。これらの場面には筆者も実際に何度か立ち会い、「短時間でも子を一人にしたら通報される」「発見したら私も通報せねばならない」との危機感が強くなった。

 この危機感は、学校や学童保育でも共有されている。帰宅時に保護者、もしくは保護者からあらかじめ委任された成人やきょうだいの迎えがなければ、子どもは施設外には出られない。幼稚園・小学校では、閉所時間までに保護者の迎えがなく連絡も取れない際には、教職員が警察に通報して子の保護を託す。不審者の侵入や児童生徒の失踪を防ぐため、学期中・授業中でも学校施設は施錠され、関係者以外の出入りを禁じている。登下校時にのみ、教職員が開錠して、出入り口を見張る形だ。

 筆者の知る限り日本では、子の単独行動に、ここまでの危機感は持たれていない。都市部では小学生が一人で地下鉄通学する姿が日常的に見られるが、フランス育ちの筆者の友人たちは皆、この現象に驚きと危惧を隠さない。

 この違いの要因として、「日本の治安の良さ」が挙げられる。しかしフランスでは治安の良い地域でも、児童の単独行動に対する危機感が共有されている。そこから鑑みると、この違いは「子どもの安全確保に、親が・社会がどこまで関与するか」の感覚に発しているように筆者は感じる。

児童生徒の問題行動をどう扱うか

 一方日本では、フランスとは違う面で、子の行動に関する親の責任が厳しく問われる。その多くは公共の場の使い方、騒音、他者への関わり方など、「迷惑」とされる行動だ。

 フランスでももちろん、親たちは子の迷惑行為を注意する。しかし日本ほど、他者から厳しい目を向けられてその責任を問われない。子どもは未熟な存在であり、公共の場で大人のように「迷惑をかけずに」振る舞うことはまだできない。それは親の責任を超え、社会で許容すべき成長過程であると容認されている。

 その社会通念は、学校生活にも表れている。フランスの学校で児童生徒が問題行動を取った場合、それに対する指導はまず教職員が担う。授業中なら教員が、それ以外の時間は自治体雇用の生活指導員(小学校までは学童指導員、中学校・高校は学校生活職員)が対応する。指導歴は連絡帳などで保護者に即時に共有され、必要に応じて電話や面談で対応を話し合う。

 筆者も恥ずかしながら、子の行動に関して何度か、学校と話し合いを持ってきた。そのたびに「成熟が欠けている(manque de maturité)」とキーワードのように言われ、今後、学校と家庭でどのように協調して成熟を促し、見守っていくかと意見交換をした。「成熟を促す対策」は具体的で、筆者の子の場合は、親の声掛けや確認を増やす、学校での態度・言葉遣いを改善する、席替え(仲良しの同級生と離される、先生の前の席に配置される)などがあった。ただ、そこで筆者の子育て方法や姿勢に疑問を呈されたり、親としての努力や能力の欠如を断罪されたりすることはなかった。

 筆者の子どもたちは幼稚園から高校まで、在住地の学区の公立校に通っている。つまり上記のような対応は、(教職員に恵まれた幸運もあるだろうが)公立校の標準として考えてもいいだろう。

親・保護者と学校の協働関係

「親と学校」について記された国民教育省のウェブサイト
「親と学校」について記された国民教育省のウェブサイト

 フランスでの親・保護者と教職員のこのような関係は、国が定める教育政策によっている。

 まず国民教育省では、学校を「児童生徒にとって安心できる場所であるべき」とし、この理念を「教育政策の中核」と明言している。その上で親・保護者と学校は「良好な関係」のもと「積極的な協力」をするべき間柄であり、それが「子の成長と学業の成功を促進する」とする。

 親・保護者と学校は、児童生徒を挟んで敵対関係になるのではなく、その成長のために協働する対等なパートナー、というわけだ。

 この考え方から、フランスでは投票で選ばれた保護者代表が児童生徒代表・教職員代表とともに、学校生活に関して協議と決定を行う各種の委員会に参加する。クラス運営や成績表、進路指導に関する「学級評議会」、学校全体の運営に携わる「学校管理評議会」のほか、児童生徒が他害や破壊など重大な問題行動を起こした際に処遇を審議する「規律委員会」にも、保護者代表が名を連ねている。学校で何か変更や決定がある際には、保護者は一方的に事後報告を受ける存在ではなく、その変更や決定の過程を共にするのだ。

 筆者の元にはちょうど今、6月の定例学級評議会に向けて、保護者代表からメールが送られてきた。「年度末の評議会に参加するので、気になることがあったらメールをください。成績や人間関係、指導に関することなど。評議会で取り上げ、審議結果をご報告します」とあった。

「親の責任」の司法研修

 子どもの安全確保の責任を分担し、その成長のために協力する――。フランスにおける親・保護者と学校の関係は、国民教育省が明文化しているそれに近いと、実際にここで子育てをする筆者は感じる。大半の親たちは多少の不満を抱きながらも、保護者としての責任を自覚し、子の暮らしと成長のために学校と協働しているように見受けられる。

 しかし近年では、親の責任の自覚と実践があまりにも欠如しているのでは、と疑念の呈される事件が増えている。冒頭で触れた教員の殺害事件(20年)では、女子中学生が教員に関して述べたうそを検証することなく、父親がそれを元にしたヘイトをネットで喧伝し、テロリストの関与を招いた。父親には昨年末に13年の懲役・禁錮刑が言い渡されたが、該当の女子生徒には欠席が多かったことなどから、ヘイト喧伝以外に親としての監護不足が問われている。

 またパリ近郊の市街地で中高生の暴動が頻発した際(23年)には、子どもたちの放課後や夜間の過ごし方に関知せず、外出や破壊行動をさせるに任せた親たちの育児放棄が問題視された。

 そこで注目を集めたのが、「親の責任研修(Stage de responsabilité parentale)」という司法措置。親としての義務とそれを全うしない際の刑罰について学ばせるプログラムで、虐待や育児放棄で通報された親に対し、刑事告訴と引き換えに自費での参加を義務付けるものだ。その適用範囲を広げ、子が窃盗や暴行などの罪を犯した場合、親にもこの研修を課すべきだと、元首相や司法大臣など高位の政治家が言及している。

 この「親の責任研修」は司法措置であり、法に抵触しない限り、親たちには受講する機会がない。しかし筆者はその存在を知った時、即座に「受講したかった」と思った。フランスでは親となった際、その法的な責任を学べる公的な機会はないからだ。

 子どもが生まれたら、もしくは養子縁組をしたら、人は親になる。しかしその法的責任は、子を持った瞬間に自動的にインストールされるわけではない。これだけコンプライアンス(法令順守)が求められる世の中、親にも法的な義務と責任を学び自覚させる機会を、公的に作る必要があるのではないだろうか。子どもたちの生活と成長を、よりよく支えていくためにも。

 この記事を読んでいる読者の皆さんはどうだろう。教職員の方々は、目の前の児童生徒の保護者たちが、法に定める親の義務と責任を熟知しているとお考えだろうか。親たちの知識と自覚の不足が、教育現場にも不穏な事態や疲弊をもたらしてはいないだろうか。

 

【プロフィール】

髙崎順子(たかさき・じゅんこ) 1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。東京大学文学部を卒業後、出版社で雑誌編集者として勤務したのち2000年に渡仏。フランスの社会と文化について幅広い題材で取材・執筆を行う。得意分野は子育て環境、食文化、観光など。日本の各種メディアをはじめ、行政や民間企業における日仏間の視察・交流事業にも携わっている。自治体や教育機関、企業での講演歴多数。主な著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書、2016年)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA、2023年)など。

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