中国人の日本移住が目に見えて増えたのは、体感的には15年ほど前です。それまでは、日本に留学しても、卒業後に帰国する人が大半でした。
大きなきっかけとなったのは、中国ではなく日本の変化ではないかと考えています。2010年代、日本では国内市場の縮小を背景にインバウンドや海外進出の重要性が認識され、外国人を採用する企業が増えました。中国企業の日本進出も活発化しました。
つまり、日本で働く機会が増えたので、日本が好きだったり、日本で子育てをしたい中国人の移住が加速したのだと考えています。2010年代、中国人移住者は「日本で伸び伸びと子育てをしたい」と口をそろえていました。しかし、コロナ禍を機に、学力低下を心配する在日中国人の間で中学受験熱が一気に高まりました。最近では小学校受験も珍しくなくなっています。
長女が首都圏の女子御三家に通い、次女の中学受験を控える中国人女性は「最近はSAPIXより早稲田アカデミーの進学実績が良いので、中国人は早稲アカに流れている」と話していました。その話を聞き、「あれ?中国の競争社会が嫌で日本に来たんだよね? 結局同じことをやっているじゃない…」と心の中でつぶやく私がいます。人の価値観や行動はなかなか変わらないようです。
日本人はどうでしょう。日本の閉鎖性、個性を伸ばせない教育、教員不足による教育の質の低下などを批判し、海外の先進事例を紹介する記事やSNS投稿をよく見ます。北欧のインクルーシブ教育、マレーシア英語留学などはその代表例でしょう。しかし、視察に行って素晴らしいところばかりが見えるのは、「よそ者」だからだとも感じます。
息子が中国の小学校に通っていたとき、しばらくの間中学校の教室を間借りして授業が行われることになり、給食がなくなりました。どうしようかと慌てていると、放課後に息子を預けていた託児所が、昼休みに子どもたちを迎えに行き、託児所で昼食を食べさせてくれました。日本だったら「食中毒が起きたら誰が責任を取るんだ」などと反対意見が上がったことでしょう。
私はそんな中国の柔軟さが好きでしたが、自分が大学教員になり、中国の教育システムの内側に入ると、中国人を苦しめる「リアル」も徐々に見えてきました。
教育は国の大きな関心事です。一方で、過去につくり上げられた価値観や制度が、今の状況に合わなくなっているのも現状です。そのため、「青い鳥」の寓話(ぐうわ)のように他国に正解を求めようとしますが、きっと本当の意味での理想郷なんてないのでしょう。それでも外の世界を知ることは、複眼的な視点を身に付け、選択肢を増やすことにつながると実感しています。(おわり)