第5回 BPSの連鎖を読み解く「エピジェネティクス」

第5回 BPSの連鎖を読み解く「エピジェネティクス」
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 「バイオ・サイコ・ソーシャル」を合言葉とするこの連載も、いよいよ中盤に入ってきました。このタイミングで、これまで見えにくかった生物学的要因と社会的要因のつながりを考えるためのキーワードとして、「エピジェネティクス」を取り上げます。やや複雑な概念ですが、とても大切な考え方ですので第7回まで3回に分けて説明します。

 まず、エピジェネティクスは、生物学・遺伝学の用語です。不登校などの長期欠席支援を考えるテーマの連載で、このような単語が出てくるのは意外に思われるかもしれません。簡単に言うと、遺伝子にはスイッチが備わっていて、そのオン・オフが切り替わるメカニズムについて研究する際に使われる言葉です。

 その遺伝子スイッチのオン・オフに関わる大きな要因は、その個体を取り巻いている環境ということになります。BPSモデルに置き換えると、まさに社会的要因によって生物学的要因に影響が及ぶというメカニズムです。イメージが湧きにくいかもしれませんので、教育の文脈からいったん離れて具体例を挙げてみます。

 群れの中で一番大きい個体がオスあるいはメスに転換する魚がいます。ブルーヘッドやクマノミが有名かもしれません。その実際のメカニズムは複雑ですが、謎を解く鍵の一つはエピジェネティクスにあるようです。

 その一例として、群れの中で一番大きい個体になると、自分より大きい個体がいなくなり、他の個体から受けるストレスが減ることに注目します。これは社会的要因から心理学的要因への影響と言えます。これと同時に、体内のストレスホルモンの濃度が変わる点で生物学的要因への影響もあります。その先にはさらなる生物学的要因の連鎖的な反応が続き、結果として性転換に至るというイメージです。

 筆者自身、エピジェネティクスの概念を知る以前は、「どうやって個体は自分が群れの中で一番大きくなったと自覚するのだろうか」「自覚できたとしてどうやって性転換を意識的に行うのだろうか」と、今にして思えば心理学的要因だけで現象を捉えようとしていました。

 第2回で取り上げた「基本的帰属のエラー」という概念は、人間が他者の行動を理解する上で、社会的要因を見逃しがちであることを教えてくれます。それは心理学的要因(つまり行動)が真っ先に目に入り、その背後にある要因の情報不足に起因するものでした。加えて、今回紹介した「エピジェネティクス」の概念では、社会的要因から生物学的要因への連鎖にアンテナを張ることの大切さにも気付かされます。次回は教育の文脈に話を戻して、関連する知見を取り上げます。

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